第二幕
紅洋が下駄箱で靴から指定のダサい緑のスリッパに履き変えた後、別の階にクラスがある大和と別れ一人自分の教室へと向かった。
別れ際に大和に昼ご飯を一緒に食べようと言われたのだが、昼前に学校が終わるため弁当を持ってきていないし、一年生だけの登校であるため学食も購買も開いていない。一体どこで何を食べるのやら……。
三階に上がり教室にたどり着く。扉を開けると、何もせずじっと座っている生徒と、知り合いと喋っている生徒が二分されている光景が視界に入ってきた。紅洋が入学式時貰ったクラス分けプリントによると、同じ中学の友達や他学校の知り合いはこのクラスにはいなかった。取りあえず自分の名前が書いてある札のある机を見つけ座る。
(暇だ……。しかし暇だ……)
話す相手もいなければ特にすることもないためただぼーっとするしかなかった。あまりにすることがないため人間観察でもしようと周りに目をやる。その中で一つ鞄が置かれていない机があった。場所は一番右上。
(勧誘にでも引っ掛かってんのか? 目付けられたらしつこいしな……)
ついさっきの出来事を思い出し、ため息をつく。勧誘はまだ数日続くと予想できる。ということはまたうんざりする登校が訪れることになる。紅洋がネガティブな思考を巡らせていると、担任らしき男性教師が教室に入ってきた。長すぎず短すぎずの黒髪に黒い眼鏡。服装はダークスーツでネクタイまでも黒。今から葬儀に出ると言っても通用するほど全身黒に身を包んでいる。年齢は二十代後半といったところか。
「皆さん、出席を取るので席に着いてください。といっても授業ではないのであまり必要ないですかね……?」
年齢や丁寧な口調のためだろうか、教師にしては締まらない雰囲気が滲み出ている。
「じゃあ名前を呼ぶので呼ばれた方は自己紹介をお願いします。あ、その前に僕は皆さんの担任の金崎条と言います。新任なのですがよろしくお願いしますね」
金崎先生の挨拶にクラスの皆がバラバラのタイミングでお願いしますと言う。
「では名前を呼んで行きますね。一番、天城さん―――」
一番の生徒の名前を呼ぶのが早いか「遅れました……」と、女子生徒が悪びれた様子もなく教室に入ってくる。腰より少し上で切り揃えた毛先に若干クセがある栗色の髪、正に透き通るという表現が当て嵌まる色白な肌。背が低めであるが立っているだけで一枚の絵を見ているようだった。
紅洋が条件反射で女子生徒を見つめていると目が合った。だが、さして興味なさ気にすぐ目を逸らされる。
「えっと、天城さんですか?」
「はい、そうです。所用で遅れてしまい申し訳ありません」
軽く頭を下げるものの声に感情はあまり感じられなかった。
「大丈夫ですよ、調度のタイミングでした。自己紹介をお願い出来ますか?」
金崎先生が笑顔を浮かべ女子生徒を促す。
「はじめまして、天城真白といいます。以後どうぞお見知りおきを……」
簡単に自己紹介を終えると静かに椅子に座る。下手な役者みたいに棒読みだった。
(機械人形のようなやつだな……)
などと失礼なことを考えながら紅洋は自分が呼ばれるまでの時間を潰す。
「あ、ありがとうございます。では二番―――」
妙な雰囲気のまま先生はどんどん名前を呼んでいき次々簡単に一言ずつ自己紹介をしていく。中にはこんな空気お構いなしに『今彼女募集中です!』とか『クラスは俺がまとめます!』など男限定で熱く自己主張をするやつもいた。
「では次。えっと夜桜紅洋君かな? お願いします」
ようやく紅洋の順番が回ってきた。すると何人かが、苗字? ていうか偽名? と疑問を呟いたのが聞こえた。
「夜桜紅洋です。よろしくお願いします」
簡単に自己紹介を終えるが、心の中では残念ながら本名だ……と呟いていた。小中学生のときは珍しいとしか言われなかったが、まさか高校で偽名疑惑がかかるとは思いもしなかった。全員が言い終わると、今度は配布物を集めたりクラス役員を決めたり、明日からの授業についてなど忙しく時間が過ぎていった。
「それでは今日の予定はこれで終わりです。明日から授業が開始しますので用意を忘れないように」
先生の締めが終わるとちらほら帰り支度を済ませた生徒が教室から出ていく。すると出ていく生徒と入れ代わりに「紅洋ー、来たぜー!」と
必要以上に大きな声を出し、跳びはねながら大和が入ってきた。いつものことだが、もう少し普通に入ってこれないのだろうか。
半分諦めながら近付く大和に問いかける。
「結局、昼はどこで食うんだ?」
「そうだなー。本当なら学食に行ってみたかったけどやってないだろうから外だな」
一応学校で食べられないことは把握していたらしい。
「ファーストフードでいいだろ? 安いし早いし」
「その意見には賛成だけどよく考えてみ、学生がお帰りの時間帯にファーストフードやファミレスは危険だ。ここはラーメンにしよう」
「いいけどラーメンも人気あるし、やっぱり混むんじゃないか?」
紅洋の疑問に大和はふふふと我に秘策あり、といった表情で不気味に微笑む。
「この間学校近辺で学生は知らないであろう隠れた名店を見つけてしまったのさ!いやあ、まさに神のお導きだったね!」
腕を組み、満足げに何度も頷く。紅洋は後半を完全に無視し帰り支度を始める。ただ机に出していた筆箱とファイルを仕舞うだけなので時間はかからない。
「よし、終わり。とっとと食いに行くか」
「ちょい待ち」
「あん?」
「誘っといてなんだけど、今からはさすがに早くね? 少し学校回ってみようぜ」
紅洋が腕時計を見ると午前十時二十分を過ぎたところだった。大和の言うとおり昼にはまだ早い。
「じゃあどうすんだ? どうせ教室の場所なんて一日じゃ覚えられないだろ」
「部活だよ部活!」
「……部活? 俺はどこにも入る気ないんだけど?」
紅洋は眉をひそめる。入る気がないから朝の勧誘をことごとく断っていたわけだ。中学のときも紅洋は部活に入らずそのまま帰宅していた。それは大和も承知しているはずだが……。
「知らないん? 一年生は強制的にどっか入部しなきゃ駄目なんだぜ」
「なんだそれ! 聞いてないぞ!」
入学案内にしっかり書いてあったと大和は言う。面倒だからという理由で目も通さず捨てた記憶がある。
「素直に諦めろよ。まずは場所が分かってる演劇部からー」
「よりにもよって演劇部かよ……。あの着ぐるみだぞ? いや、それはともかく演劇なんかに興味あんのかお前?」
「あるかないかは部活の内容を見て判断するかな」
ぐいぐい腕を引っ張られ演劇部の見学へと引っ張られる。演劇部なんだから演劇をするに決まっているのだが、大和には他に期待しているところがあるようだった。
「お、おい! 俺はまだ行くって決めたわけじゃ……」
紅洋の声もむなしくずるずると引っ張られていく。
そう言いつつも紅洋の頭の中では演劇部がある場所がループして駆け巡っていた。