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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
17/23

第十七幕

その日は曇り空だった。時折風に流れて青空が垣間見えるも、すぐにまた雲が覆い隠していく。

 天気予報によると今日は雨は降らないらしいが、明日から天気は崩れ降水確率が増していくらしい。

 そんな天気の昼休み。とはいっても、ただいつもより暗く肌寒いだけのこと。生徒はいつも通り中庭で昼食を楽しみ、グラウンドでサッカーなどの球技で体を動かしている。一般生徒が憩いのひと時を過ごしている中、大和はとある部室へと歩いていた。


 「腹減った……」


 大和が一言漏らして腹をさする。

 昼休みが始まって一分も経たないうちに、蒼からメールが送られてきた。『今からここに頼んでた小道具を受け取りに行ってくださーい。受け取ったら体育館に運んでね』という本文と、目的地に印が付けてある学内地図が添付されていた。

 

 メールの内容から昼ご飯を食べる時間は、これっぽっちも確保されていないことがわかる。大和は渋々弁当の包みを鞄に戻し、目的地に移動したのだ。

 しかし思い返せば、この仕事を断ればゆっくり昼ご飯も食べれたし、軽い授業の予習復習もこなせたはず。部活のためとはいえ、貴重な昼休みを削られるのは今後御免被りたい大和だった。

 度々携帯の添付画像を確認しながら目的地へ歩くと、一つの表札が目に入った。

 

 布地博愛保護研究部。


 「…………ここ?」


 何度地図と照らし合わせてみても、目的地はここ。

 下着研究部の拠点だった。

 根付いた印象から入りたくなかったが、昼休みは無限ではない。陰欝な気分で扉をノックする。


 「演劇部でーす。頼んだもの取りにきました」


 大和の声に扉がゆっくり半分だけ開き、しばし待たれよと言われた。カーテンがしめてあるらしく、中は真っ暗闇で部屋の様子は伺えない。時々か細い笑い声が聞こえてくるだけだった。

 大和は暇つぶしに携帯を手に取る。メールが三件に着信が一件。どれも女の子からの他愛ないもので、今は無視することにした。

 ならば紅洋にでもラブメールを送ろうかと、新規メールの画面に切り替える。だが、大和がメールを打つ前に「これが頼まれたものだ」と扉の奥から白い大きな箱を二つ差し出された。


 「中身は?」


 「蝋燭とその他諸々の演劇の小道具だ。これを集めるのにどれだけ苦労したか……。しかも自腹だったのだぞ……!」


 「そりゃ、ご苦労さんです。そんじゃ、俺行くわ。またよろしく」


 なんだか愚痴に付き合わされそうだったので、大和はすぐに話を切って、小走りで体育館に向かった。



 大和が体育館に到着すると、すぐにバスケ部の練習風景があった。激しい練習に誰一人として音を上げる者はおらず、皆レギュラー獲得のため必死に練習に励んでいる。そんな同世代の姿に、ついつい大和は見とれてしまう。


 「おい、ぼーっとしてないでさっさと舞台に荷物運べ馬鹿野郎」


 声に大和が振り向くとやつれた顔の紅洋があった。どうやら迎えに来てくれたらしい。


 「どったの紅洋、顔色悪いぞ。体調悪かったりする? ダメだぜ、体調管理は日常生活において大切だからな」


 「誰のせいだ誰の!」


 紅洋は手の塞がっている大和の額に、拳を振りかぶって容赦ない一撃。

 実は昨日蒼たちと別れた後、二人はまだ学内に留まっていた。紅洋の演技力向上という名目で、視聴覚室を勝手に借りていたのだ。そして一晩中二人だけで映画鑑賞をし、俳優の仕種や台詞を繰り返し真似ていた。それを夜が明けるまで続け、家に帰ったのは登校二時間前。

 朝帰りの二人は当然、午前の授業はほぼ全て夢の世界だった。


 「もう練習始まってるからな。ちゃちゃっと行動しないとまたどやされる」


 「練習っつっても、昼休みだけじゃ大した事できんでしょ?」


 「会長さんがこう言ってた。素人でも玄人でも練習をしなければ上達はないんだと。だから早く舞台に上がんぞ」


 そう言って紅洋は大和の持つ箱を一つ取り、バスケの邪魔にならないようライン際を歩いた。


 「なあ、本当に練習してんのか?声も音もしないぞ」


 大和が舞台に近づいても練習している気配が感じられなかった。バスケ部の音に練習の気配が消されているのかもしれないが、それでも静かな様子。

 紅洋は、暗幕あるだろと一言。


 だが、「調子に乗るな!平民風情が小賢しい!」とバスケの喧騒を二つに割るかのような演技の台詞が、暗幕の奥から聞こえてきた。それなりに防音もされる暗幕すら突き抜ける明梨の声量は、流石としか言えないものだった。


 「すげ、迫力満載。こりゃ本番が楽しみだ」


 二人は舞台脇の扉から上に続く階段を進む。舞台では明梨と真白が、台本片手に熱演を披露していた。


 「荷物運びご苦労さまー、それ貰うね。おっとと、なかなか重い」


 監督をしていた蒼が二人の箱を受け取り、ふらふらと危なっかしく舞台脇に消えていった。


 「あれ、何が入ってるんだ?」


 紅洋が蒼の消えた舞台脇指差して、大和に尋ねる。


 「蝋燭とその他もろもろの小道具だってさ。俺の勘だけど、あれに仕掛けがあるんじゃないか?」


 「どうだろうな、たかだか蝋燭だろ。どうせ、火灯して舞踏会っぽさを表現するだけだっつの」


 「それはどうでしょうね……」


 紅洋の背後、肩口から音も気配もなく真白が顔を覗かせる。話に集中していた二人は思わず体を強張らせた。真白が生首に見えたらしい。


 「ましろちゃん、いきなりの登場はやめてもらえると嬉しいかも」


 巷でステキ笑顔で好評の大和も、苦笑いで対応せざるを得なかった。


 「一応善処します。話を戻しますが、彼女はいくつか秘策を持ち合わせているようですよ……。おそらく蝋燭にも考えがあるのではないかと……」


 蒼に妙な信頼がある真白の言葉に、二人はただ頷く。だが、シンデレラの演出を一人で構成している蒼ならば、ありえない話ではない。それを考えると逆に納得してしまう。


 「それと橙乃君には、私から少し今の練習模様を説明しましょう。蒼さんはこういうの面倒らしいですし……」


 真白が紅洋から離れて、説明を始める。


 「さっきまで私たちが行っていたのは半立ち稽古。簡単に、台本を持って練習することだと考えてください。それから立ち位置の記憶です……」

 

 「それは俺の足元にある蛍光テープのことかな?」


 大和が足元の黄色いテープを指差す。その他にもあちこちに貼ってあるのが目に入る。


 「ええ、その通りです。役によって色分けされてますから判別もつきやすいでしょう。でも本番では全て外します、そのつもりで」


 「じゃあ放課後は? また半立ち稽古ってやつ?」


 「いいえ、放課後は台本無しの立ち稽古で、明日が一度も演技を止めずに行う通し稽古。頃合いを見て本番同様の練習、舞台稽古をやると聞いてますね……」


 「そんな一気に言われても覚えらんないって……。とりあえず、どんどん難易度が上がっていくってことだね」


 大和は真白に言われた練習名をぶつぶつ復唱する。


 そこに「お待たせー。説明は終わっちゃったかな?」わざとらしい台詞で蒼が戻ってきた。案外面倒臭がりなのかもしれない。


 「しかーし、伝えることはまだあったりもするのよん。なんと、わたしとやまちんも舞台で演技することになりました」


 蒼は脇に抱えていた加筆した台本を、それぞれに手渡す。内容はただ元からあった蒼と大和の台詞を、外からではなく舞台上で演技するよう改変しただけ。他の主要人物三人には、新たに覚え直すことが増える、などの影響はないようだ。


 「つまり、だから、その、どういうこと……?」


 「そういうことだろうぜ。今日も楽しく映画観て演技練習しますか、大和君?」


 紅洋はいっひっひと下品に笑う。大和は両手を突き出して、勘弁してくれのポーズをとる。


 「今日も、ってことは昨日も二人で映画鑑賞してたのか。なるほど。だから今日は夜桜の演技がマシになってわけね」


 明梨から珍しくお褒めの言葉をいただく紅洋。少なからず映画鑑賞は功を奏したらしい。


 「ほらほら、話し合いはそれくらいで終わって練習しよ。何度も言うけど時間は有限だからね!」


 蒼がそう言ったのも束の間。昼休み終了のチャイムが鳴る。

 同時に練習終了。

 授業後は真白の説明した通り、立ち稽古をこの舞台上でやり通した。

 そして残り日数。これを悪戦苦闘しながらも順に全ての練習を着実にこなし、ついに最後の大詰め、本番へと挑むのだった。

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