第十六幕
連れてこられた蒼と明梨、金崎の三人が演劇部の部室に到着すると、変な光景がそこにはあった。部室前には胴着姿の剣道部員八人が横並びに立っており、恐持ての刑務所の看守を連想させた。数が多いところがまた恐い。
その前をそそくさと通って中に入る。中はさらに多く十数人の剣道部員が円を作っていた。どうやら中心に何かがいるらしい。張り詰めた空気に沈黙が続いている。
金崎が後ろにいた一人を捕まえて状況を聞いてみる。振り向いた部員は厳つく顔をしかめていた。
「泥棒っすよ泥棒。しかも犯人がアイツらなんすよ」
「あいつら? ちょっと通してもらってもいいかな」
「どうぞ。先生たちが通ります。道を空けてください」
金崎の頼みに頷くと、他の部員に指示を出す。部員たちは一斉に左右に分かれ、真ん中に道が作られた。中心があらわになる。
いつもお茶をするテーブルの側に、縄で縛られた男子生徒四人が寝そべっていた。しかも全員気絶しているのか、ぴくりとも動かない。
「あれ、どっかで見たことあったりなかったりした顔だね」
蒼が倒れている生徒をまじまじと見つめる。
「彼らは布地博愛保護研究部ですね。たしか通称下着研究部でしたか」
ああそうだった、と蒼は手を軽く叩く。
しかし、問題を起こしたものの演劇部が駄目で、こんなよく分からない部の設立が了承される理由が謎である。
「でもこの人たち何盗もうと思ったんだろ? これといって面白いものは無いけどなあ」
蒼が囲いを抜けてダンボールや食器棚の中を確認するも、特に盗まれたり壊されたりしたものは無いように思われた。この部屋で一番高価なティーセットは揃って締まってあるし、衣装や背景など演技で不可欠なものも無事。これならば罪状は不法侵入ではないのか。
そのとき足元から不気味な笑い声が聞こえてきた。
「ふふふ、報いを受けるがいい。我々は君達が最も重要視するものを破壊したのだ! ……ふぐっ、やめたまえ君達!」
下着研究部の一人が、顔だけを起き上がらせて皮肉を口にする。タヌキ寝入りをして一人で逃げるタイミングでも伺っていたのか。しかし、すぐ剣道部の面々が踏んだり、蹴ったりなどの実力行使で黙らせる。もちろん軽くである軽ーく。
縛られて動けない研究部員は体をよじって足掻いている。その様は青虫か芋虫を彷彿とさせた。
実力行使が終わると研究部の一人は再び喋り出す。
「演劇部よ、破壊の事実を知って絶望するといい! これが我々のやり方だ!」
そう言って高笑いを上げる。それにしてもずいぶんセコイ、器の小さなやり方だった。
「え、盗んだんじゃなくて壊したの? こっちはまだよく状況理解してないからさ、もっと順序よく言ってくんなきゃわかんないよ」
横にいる明梨も頷いて同意した。その二人の様子にもう一度高笑いを上げる下着研究部員。どうやら彼らは相当なものを壊してくれたらしい。だが、未だ実感がないのか蒼に焦りは見受けられなかった。
「それで何を壊したの?」
蒼がスカートの中を覗かれないように、スカートの前を両手で軽く押さえつつ彼らに近づこうとした時だった。
「これだ」
答えたのは研究部員ではなく、後ろから現れた一人のがっしりとした体格の剣道部員。その手には底の浅い箱が乗っており、中にキラキラ光を反射するものが入っていた。
「部長!?」
明梨が驚きの声を上げる。そもそも今時分、演劇部室に剣道部員が大集合していたこと自体に驚いていたのだが、部の代表までいるとは思っていなかったのだ。
「すまんな、知り合いに頼んでみたのだが直らないそうだ……」
箱を明梨が受け取る。その中にはいくつにも割れたガラスのカケラが入っていた。
「……これってまさか、ガラスの靴?」
「え、ほんと?」
蒼も中を見て、カケラを一つずつ丁寧に拾う。かろうじて踵のヒールが発見できた。間違いなくこれはガラスの靴。だから研究部員はあんなにも勝ち誇った態度を取れていたのだろう。
だが、これだけでは演劇部の負けではない。
「あー、壊れたんだ」
「っぽいね」
「ちょっと任せてもらってもいい? そっちは任せたから」
「どうぞ?」
蒼が明梨と顔を一度見合わせ密やかに告げる。同時にこれが反撃開始の合図。
「どうしてこんな酷いことが出来るの? 私たちが一体何をしたっていうのよ!」
蒼が泣きそうな顔で声を荒げる。一瞬で変化した蒼の雰囲気に周囲が気圧された。注目が蒼に行くのに乗じて、明梨はそっと金崎と剣道部部長に真相をそっと話す。
まずは自分たちの劇でガラスの靴がほぼ重要視されていないこと。公演するシンデレラはシナリオを大きく変更しており、ガラスの靴を落としていくシーンは存在しないのだ。
そして今、蒼がやっているのは人員確保だろうという推測。常々部内では人数が少ない点は気になっていた。使えるものは何だって手に入れたい状況なのである。
「靴を重要視してなくても壊されたのは事実ですから、ちゃんと責任は負ってもらいますよ。あっちも全額弁償よりはいいはずです。まあ、慈悲深くはないですけど。かまいませんよね?」
明梨が金崎に確認する。教師の許可を得れば、後から文句を言われてもある程度権力で押さえつけられる。
「ま、まあ仕方ないですね」
金崎は頬を掻いて、苦笑いを浮かべる。
―――ガンッ!
突然何かが壁に激突する音が教室に響いた。明梨が蒼に注意を移すと、案の定右足を前方に浮かしていた。椅子は研究部員たちの、僅か左後方に転がっていた。
「せっかくの名演技にいちゃもんつけないでね……。まあいいや、そろそろ商談に入ろうかなー。言っとくけどそっちに拒否権はないから、そのつもりでよろしくぅー」
蒼が低い静かな声でそう言った。紅洋にも使った脅し文句を、ここでも使ってくる辺り本気の色が見える。椅子を蹴ったのは相手を怯えさせて、話しを有利に進めるため。強引で横暴な手ではあるが、目には目をだろう。それより、彼らが蒼に何を言ったのかが明梨には気になった。
「
ふ、ふん。そんな脅しに屈する我らではな―――」
―――ガン!
二個目の椅子がまた研究部員スレスレを飛んでいく。
「言ったよね、拒否権はないって。演劇部の命と同価値でもあるガラスの靴壊しといて、はいさようならで済むとは思ってないでしょ?」
蒼の笑顔が黒い。
そもそも捕まっていて、現場に教師もいるのだから、普通はもうお咎めがあってもおかしくない。研究部員からは威勢が消えていくのがはっきりと感じられた。
口の端がひくついている。
「素材がガラスでも、精巧に作られた靴だからねえ。さあて、おいくらくらいするんだろう?」
「お、おいくらですか……?」
「え、聞きたい? そうだなあ、ざっと見積もって―――」
「わ、わあ! すいませんやっぱり聞きたくないです! 何でもしますから許して!」
研究部員は両手で耳を塞いで、外部からの音をシャットアウトする。
だが、聞きたかった一言を言わせることに成功した。
「何でも、なんてことはそんな軽く言うもんじゃないよ。けど働き蟻みたいな手足になって働いてもらうからねー」
蒼はポケットからメモ用紙を三枚取り出して、研究部員の胸ポケットに押し込む。その無理矢理な様子に明梨が肩を竦めた。
「七瀬さん、交渉も済んだことだしそろそろ離してあげようよ。ボクたちもまだやることあるしさ」
「離したらいいことあるかなあ?」
「鯉じゃないんだから、いいことはないと思うよ……」
「ちぇ、つまんないのー」
そう言って口を尖らせつつも、研究部員たちの縄を解いてやる。全員の縄が解けきるなり、下着研究部員全員が脱兎の勢いで包囲網を突破していった。いつの間に意識を取り戻したのか。そんな素振りは露ほどもなかったのに。
彼らは姿勢を低く保ち、必要とあらば障害物にタックルをお見舞いして薙ぎ倒す。
目を疑うような素早い動きだった。それを剣道部の面々が逃がすまいと駆け出すが、金崎が制止した。
「今回のことで彼らも懲りたでしょうし、もう大丈夫。君達にも迷惑をかけましたね。ありがとう」
金崎が深く頭を下げる。感謝の言葉に照れ臭さを感じながらも、剣道部員たちの口からは笑みが綻ぶ。
「そうそう、ずっと聞こうと思ってタイミング逃してたんだった。何で部長たち演劇部にいるんですか? まだ時間的に稽古中ですよね」
明梨が腕時計で時間を確認する。時刻は午後七時半を過ぎたところ。
「昨日の勝負のことで話しがあってな」
「昨日の勝負? あれならもう解決したじゃないですか」
「お前達の中ではそうかもしれんが、俺の中ではまだ解決していない。今日はその清算をしに来た」
「えーっと、つまりどういう……?」
明梨は眉間に皺を寄せ、右手人差し指でそこを捏ねくる。
「俺達剣道部はお前達演劇部をサポートする。こっちも稽古やらで忙しいからそこまでは手伝えんが、舞台準備や本番の黒子くらいはやってやれる」
驚異的な奇跡的な神の手が差し延べられた。剣道部には少なくとも三十人の男子部員がいる。その力を準備、本番で借りられるのは心強いの一言では表せられない。
演劇部代表の蒼がすかさず剣道部部長の手を握りしめて、お礼を言う。
「ありがとうございます! この嬉しさは真白にも伝えときますからね。活躍期待してます!」
さらっと部長の心も掴んでおく。まださっきまでの黒い気配は消えていなかったようだ。部長もまんざらではないらしい。頬の筋肉が緩んで、目線が上を向いている。
―――パンパン。
手を叩く音が部屋に響いた。どうやら音源は金崎らしく、視線が彼に注がれていた。
「さあ、問題も解決しましたし全員帰宅準備をしなさい。もうすぐ部活終了時間ですよ」
自分の腕時計を指差して注意を促す。その教師の言葉に従い、まず剣道部の面々が剣道場に戻っていく。中外合わせて二十人を超える部員が織り成す列を、蒼と明梨が手を振って見送る。
「君達も気をつけて帰るんだよ。夜道は物騒だからね。それじゃあまた明日」
金崎もまだ残りの仕事があるらしく、足早に職員室へ戻っていった。
「わたしたちも帰るとしますかー。あ、でもお腹空いたからどこか寄っていきませぬかー?」
「いいね、賛成。ボク的にはファーストフードの気分かな。値段が安く、何時間でもいられるオマケもついてる」
二人はそれぞれの荷物を持って部室を出る。
事は上手い具合に進みつつあった。一つの秘策が潰れても次の希望が差し出される。ピンチの時にこそチャンスは訪れる。紅洋、真白、蒼、大和、明梨の五人はそれぞれの思いを胸に、迫り来る本番への道を進んでいく。