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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
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第十四幕

 「それじゃあ早速練習しようか! 初めての練習だからって気を抜かないでね! まず準備運動、ストレッチから始めていこー」


 蒼は両手を元気に振り上げる。

 五人もオーと元気なさげに手を振り上げて、椅子から立ち上がる。

 ストレッチはそれぞれ自由に個人や二人一組で行われた。

 たまに男子一組から悲鳴が聞こえてくることもあったが、いつもの微笑ましい光景なので皆笑って柔軟に集中した。


 十分に体がほぐれたところで次は発声練習。役者などがよく行う『あ、え、い、う、え、お、あ、お』によく似た練習。蒼式はこれに早口言葉を混ぜ、緩急をつけ交互に行う。

 中学時代演劇部の明梨は当然ながら、蒼、紅洋、大和もなかなか通る声を出せている。

 驚いたのは真白。普段の喋り方とのギャップのせいかもしれないが、一番通る綺麗な声をしていた。日常でもこんな声を出してくれれば、皆対応もしやすいだろうに。

 そして発声練習が終わると明梨先生監修の元、台本を片手にパート別で練習を始める。


 「分かってると思うけど、一人ずつしか付き合えないからね。他の人はしっかり自己練習していること。最初は棒読みでも大根でもいいから、なるべく早く暗記して。これは最低ラインだよ! じゃあ最初は夜桜!」


 呼ばれた紅洋が明梨の前に立ち、台本を持ってシーンを自分なりに想像し演技する。

 靴屋が最初に登場するのは、古びた小さな店で靴を作っているところから。

 最初は練習というより調査に近いものらしく、使う小道具も適当なものを使わされた。

 紅洋はその場でしゃがんで携帯をトンカチに見立てて振るう。靴は自分の履いているスリッパを片方脱いで使った。

 三回打ち付けて立ち上がり、額の汗を拭う動作。


 「フ、フウ。コレデ今日ノ仕事ハ終ワリダナ。アー疲レタ疲レタ」


 棒読みに棒読みを重ねていた。覚えた言葉を初めて使う子供よりひどい様。視線は常に台本にあり、動作もただ腕を振るだけ。


 「ストップ……。悲惨にも程があるだろ。古文かよ……。お前実は日本人じゃないんじゃないか? 外国から流れてきた桃に入ってたんだよな?」


 額を押さえて肩を竦める。落胆の色がはっきりと伺えた。


 「誰が桃太郎だ。ならあれか、俺はそのうち鬼退治をしなきゃいかん運命なのか? 鬼は目の前にいるけどな……」


 「あ?」


 「はい、さくっと次に進もう! ご指導お願いします!」


 明梨から尋常じゃない黒いオーラが漂ってきた気がした。表情もこれはお見せできない。あえて言うなれば般若に近かった。


 「ったく、簡単なアドバイスしてやるから心の奥深くに刻み込めよ。肝心なのは台本はあまり読まないこと。それだけで棒読みになるからな。あと、キャラクターになりきるのは大事だけど普段喋ってる感覚も忘れないこと。なりきりすぎても逆にセリフが単調になったりもするしな」


 「じゃあ自分とキャラを入り混じらせればいいのか?」


 「うーん、ちょっと違うな。演じるのキャラは時代も国も異なるんだ、自分を主張しちゃったらそれは今の日本人になるだろ?」


 「かー、意味は理解できるけどわっかんねえ」


 髪の毛を掴んで左右に引っ張った。自分のではなく明梨のツインテールを。


 「……部長、そっちはどう?」


 個人練習組のリーダーに進捗状況を聞いた。

 蒼は答える前に明梨の間違いに口を尖らせる。


 「やだなーあかりん、わたしは部長じゃなくて会長ー」


 「ハイハイ会長。で、調子はどうなの?」


 髪を掴んで離さない手を爪でつねる。しばらくは堪えて遊んでいた紅洋もさすがの痛みで手を離す。手のひらの皮はうっすら裂けて、血が滲んでいた。


 「こっちは問題なしだよ。これがまた二人ともやり手で驚いたよー。もう暗記して練習繰り返していけばほぼ完成かな」


 「おやまあ、こっちとは大違いだね……。お前どうするんだ?」


 「な!? 失礼すぎるだろ! なら俺の本気をとくとご覧あれ!」


 携帯を手中で軽やかに一回転させ、振りかざす。打ち付けるは眼下の靴。ちなみにこの靴は放置されてた誰かの上履きに取っ替えた。手首のスナップを効かせ、上履きのつま先に当てる寸前で止める。三回同じことを繰り返すと、紅洋は立ち上がり額の汗を拭う。ここまでは最初となんら変わりはない。本気を出すというなら次のセリフしかない。


 「ふう、これできょうのぶんのしごとはおわりだな。あー、つかれたつかれた」


 汗を拭ったはずの手を止めることなく動かし続ける。教えられたとおり台本を読むことはなく、古文でもなかった。だが、それでも、しかし、なぜか、棒読みが形を変えただけだった。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 違和感に気づかない紅洋はそのまま演技を続ける。


 「それっ、じゃあごはんにっ、しようか……っと、いけないざいりょうがなっ、いのだった。しかっ、たない、かいにいきますか」


 ところどころにスタッカートが入る。だが、お構いなしに演技を続ける。本来着ている作業着を脱ぐ変わりに、制服の上着を脱いで椅子に放り投げる。そしてポケットから財布を取り出して中身を確認する。


 「ジュウブンじゃないケド買えなくハないな。いつまでモツカわからないケド、今考えてもシタカナイか」


 そう言ってまた財布をポケットに戻すと、玄関扉を開けて外に出た。


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 「…………」


 パチパチパチパチ。果てしない永遠に感じられた沈黙の末、大和からの拍手が贈られた。泣きそうに瞳を潤ませて。


 「そうかそうか、感動して言葉もないか」


 大和の拍手が強くなった。そして涙が頬を伝っている。とうとう涙腺が決壊したようだ。


 「橙乃大和、一つ聞く。夜桜のこと好きか?」


 「ああ、大好きだ! 心の友と書いて心友、読み方は俺の愛人だ!」


 「あいつの事はお前に任せる……。四六時中一緒に練習仕手やってくれ。嫌がろうと、暴れようと否応なしにだからな」


 「任せろ。明日までにあいつを立派な男にしてみせる!」


 溢れる涙を手の甲で振り払うなり、紅洋の手を掴んでどこかに引っ張っていく。


 「いきなりどこ行くんだよ! しかもしっかり手握ってんじゃねえよ!」


 「問題ない」


 「お前に無くても俺にはあんだよ! あらぬ誤解が流れたらどうすんだ!」


 「問題ない!」


 「大ありだあああああああ!」


 力強く握る手を振りほどけないまま、紅洋はどこか知らない秘密の花園へ拉致されていった。

 残った三人は笑顔で二人を見送る。


 「その可愛い笑顔が恐い!」


 廊下から最後の声が響き、誰にも反応されることなく霧散した。


 「邪魔者もいなくなったことだし、次のステップに進もうか。会長はちょっとした秘策を話し合うから残ってね。天城さんはこのメモに書かれてること頼めるかな?」


 自前のメモ用紙を一枚破って渡す。

 もし、見学者がいたら部長は明梨だと誰しもが思うことだろう。実際の部長は紅洋なのだが。


 「これ、今日中にこなせないことが一つありますね……。完遂の期日はいつまでですか……?」


 「なるべく明日まで。自主練とか宿題もあるから大変だろうけど頼んだ」


 手を合わせて頭を下げる。苦手意識を持っていても、怪しい奴だと訝しんでいても、真白の能力は信頼に足るものと本能が告げていた。もしかすると防衛本能かもしれないが……。


 「わかりました。早速行動に移りますが、報告はどうしましょうか……?」


 「なら終わり次第連絡してくれる? アド交換しとこう」


 明梨がゴールドの携帯を取り出して、真白のピンク携帯と赤外線通信を始める。数秒での交換を終わるなり、真白は別れの挨拶をし、部室を出ていった。


 「ボクらも行こうか」


 「あれ、秘策を話し合うんじゃなかったの?」


 「秘策を手に入れるんだよ。職員室にね」


 ツインテールをなびかせて廊下に飛び出す。


 「ん?」


 何らかの気配を感じ、廊下の奥に目を凝らした。だが夕焼けに染まる廊下には人影も物音もない。一度首を傾げるとすぐに蒼を引き連れてまた歩き始めた。



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