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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
12/23

第十二幕

翌日の放課後。メンバー全員、まではいかなくも部室に集合していた。

 今部室にいるのは普通科である紅洋、真白、明梨の三人。体育科の蒼と特進科の大和はまだ授業が終わっていないのか姿を見せていない。

 それゆえまとまりがなく、それぞれが個人的な行動を取っている。当たり前のように真白は小説を読み、明梨は転がっている備品を漁り、紅洋は窓際でお茶を飲み外の様子を眺めている。

 キーンコーンカーンコーン。

 五時を知らせるチャイムが鳴り響いた。


 「あいつら来ないな……。大和はどうでもいいけど、蒼が来ないのは困る」


 「体育科と特進科は普通科よりも授業数が多いですからね……。気長に待ちましょう……」


 「待ってる間が暇なんだよ」


 紅茶を飲もうとして中身がないことに気づく。


 「じゃあ昨日のメールの件についてでも話します……?」


 小説に栞を挟んで閉じる。


 「分かったのか?」


 「ええ、犯人は下着研究部の部長です……。どうやら入部を断られた上、敵前逃亡の恥をかかされたことへの仕返しらしいです……」


 何もかもがしょうもないです、と付け足す。

 無表情だが、嘲笑しているような目で淡々と事実を話していく。

 どうやら研究部の一人が紅洋と同じ寮に住んでいるらしく、その部員が手紙を届けたようだ。

隣の部屋の生徒に心配されたのはそれが理由だろう。下着研究部の風評は少なからず悪いことが分かる。


 「とにかくこれ以上うざいのは勘弁したいな」


 「ひどくなるようなら教員に相談してみたらどうですか……? 運がよければさらに研究部を解散させられるかもしれませんよ……」


 「そこまでは求めてねえよ。ただ……」


 紅洋が空になったカップに冷めた紅茶を注ぐ。

 一口飲むと一気に苦い味が口中に広がる。アイスティーにはガムシロップを入れるものだが、あいにくここにはそんなもの置いていなかった。


 「ただ、なんですか……?」


 「あの場には大和もいたんだよ。あいつはどうでもいいけど、あんたとか他のメンバーに迷惑かかるのはゴメンだな」


 「あら、意外と優しいんですね……」


 「そ、そんなことない」


 真白が微かに微笑んだように見えた。

 紅洋は顔を仄かに赤らめ横に逸らす。そして、照れを隠すためにカップの中身を飲み干すも、気管に入り咽こんでしまう。

 照れ隠しどころか、裏目に出る行動だった。


 「そんな勢いよく飲んだらそうなりますよ……。ティッシュ使います……?」


 ティッシュだけではなく箱ごと差し出す。

 口を押さえて咳き込んでいる紅洋は、一枚だけ貰い口の周りを拭う。


 「ちょっと、ボクがいるの忘れてないか?」


 備品を漁っている明梨が遠い目で二人を見つめていた。


 「別に忘れていませんけど……。どうかしましたか……?」


 「どうかしましたかって……。見せつけないで欲しいって言ってるんだけど?」


 「見せつける……? 特に何も見せてはいないですけど……」


 いつもと変わらない無表情で答える。紅洋はまだむせていて何も言えないでいた。


 「……ああそう。ならいいんだけど……」


 小声で本気なのか冗談なのか読めないんだよ、とぼやく。

 少しでも表情に変化がでてくれれば読み解くこともできようが、完全なる無表情の真白からは何も伺えない。これまさしくポーカーフェイス。


 「天城さん、一つ聞いてもいい?」


 「なんでしょう……?」


 「キミの無表情は演技なのかな?」


 笑いながら探りを入れる。

 真白は無表情を崩すことはなかったが目を若干細めた。そして嘆息する。


 「演技ではないですよ……。私だって驚くときは驚きますし、笑うときは笑います……」


 「激しくあやし―――」


 「おっまたせー! 授業終わったよー!」


 ジャージ姿の蒼が飛び跳ねながら登場した。いや、バク転しながら登場した。

 やってきて早々、蒼はいつになくハイテンションで喋る。練習初日ということもあって張り切りようが凄い。

 明梨は蒼の登場に驚いて、軽く体を跳ね上がらせていた。

 紅洋は余計にむせ返っている。

 

 「びっくりしました……。心臓が飛び出るかと思いましたよ……」


 真白が直立不動で胸に手をあてる。

 だが、目を細めているだけで、絶対驚いてはいない。

 明梨の勘繰るような視線に気づいたのか、真白はふうとため息をついてみせる。


 「人の驚き方はそれぞれでしょう……。あなたの驚き方は可愛らしかったですよ……」


 「……それはどうもありがとう。余計なお世話だけど」


 明梨の悲鳴は口元を押さえながら小さく、ひっという声を出していた。剣道場での大きな掛け声とはまるで正反対な声。女の子の可愛らしさが表れた一面だった。

 

 「大丈夫ですよ、夜桜君を取るようなことはしませんから……」


 真白が耳元に顔を寄せ、からかいながら告げる。


 「な、ななななな! 何言ってるんだ、何でそうなるの!? ボクは全然そんなことない!! ありえないから!!」

 

 顔を茹ダコみたく真っ赤に染め、妙な振り付けで踊り始める。混乱と動揺が許容量の限界を超え起きた賜物。真白は笑わずともどこか軽い表情になっていた。

 紅洋と蒼は状況が飲み込めず、ただ優しい瞳で明梨を見守るより他になかった。


 「からかうのはこの辺にして……」


 「やっぱりからかってたの!?」


 「あら、さっき言ったのは本当ですよ……。嘘偽りはこれっぽっちも……、いや五ミリグラムくらいでしょうか……」


 「え、グラム単位の嘘偽りは含まれてるの!? って、違うって言ってるのに!!」


 踊りを止めて、手で扇いで顔の熱を冷ましていたが、また顔が赤く染まってく。もう涙だか汗だか区別がつかないものが額から目から流れている。

 この会話の意図も分からず、紅洋と蒼は優しい目でみつめている。

 

 「私からの新歓行事だとでも思って我慢しておいてください……」


 後ろから肩を軽く揉まれる明梨は、げんなりしてうな垂れる。

 この新歓はすでに紅洋も体験済み。ということはこれは真白の中で正式なものになっているのだろうか。だとすると、大和もいずれ同じような目に合うだろう。いや、あるいはすでに合っているのかもしれない。


 「さっき言いかけた続きですが……。歓迎会も混ぜて、経験者である明梨さんの演技の程を拝見しませんか……?」


 大和が来ない限り今後の重要な決め事やら、演技に関することは話し合うことが出来ない。ならば戦力の度合いと時間潰しも兼ねて、明梨の実力を知っておくのはどうかと問いかける。

 

 「やろうやろうー。実はわたしも見たかったんだなー!」


 部長、ではなく会長である蒼も同じ考えを持っていたらしく、すぐに賛同した。


 「え、ちょっと待って。演技って言われても、何も用意してない……」


 だが、明梨はいきなり演技を見せてくれと言われても、何を演じればいいのかすぐに決められない。 自分の実力をストレートに発揮できるものならば、昔やったことのあるものがベスト。なのだが、ここは皆が知っているものを選んだほうがより伝わりやすいのかもしれない。ただの小芝居にも思考に思考を重ねる真面目な性格だった。


 「ならさ、声だけでいいよ。声だけの演技も重要でしょー」


 「……分かりました。じゃあ……、白雪姫をやります」


 明梨が選んだのは、グリム兄弟によって書かれたグリム童話に収録されている白雪姫。

 かなりの有名どころを選んできた。内容はほぼ誰しも知っていることだろう。それゆえどのシーンを演じるのかが問題になってくる。


 「シーンは、魔女に変装した王妃が白雪姫に毒リンゴを食べさせようとするところ」


 一人二役をする気らしい。それよりもどうしてこんな微妙な場面を選んだのだろうか。もっと盛り上がる場面のほうが伝わりやすそうなのだが。

 あくまでも微妙な場面を演じることで自分の実力のすごさを表そうというのか。

 明梨は三人が立つテーブルの側から、三メートルほど離れる。

 目を閉じて一度息を大きく吸うと、演技が始まった。

 右手を胸のほうに曲げ、ノックの体制をとる。


 「こんこん。こんにちは、おいしいりんごは要りませんかえ?」


 最初にノック音を口にし、いつもより多少高めのしゃがれ声で魔女を演じる。

 これといって目立った特長はない。おばあさんの声真似くらいならば誰でも簡単にできる。


 「あら、りんご? いいわね、これで美味しいアップルパイが作れるわ!」


 今度は胸の前で両手を重ね、いつもと変わらない声音で白雪姫を演じる。

 声だけでいいと言われたが、どうしても手は動いてしまうようだ。

 深い森の中にひっそり建つ小人たちの家。その家の扉越しのやり取り。白雪姫はりんご売りになんの疑いも持たず、扉を開けてしまう。


 「うぇっへっへ、これは可愛らしいお嬢さんだこと。どうだい、一つ食べてみるかい?」


 魔女は白雪姫を殺さんと用意した毒りんごを一つ差し出す。それは毒が入っているなど想像もしないほど輝きを放つ真ん丸のりんごだった。おそらく魔女が権力を駆使し、手に入れたのだろうことが分かる。人を疑うことを知らない白雪姫はりんごを受け取ってしまう。


 「まあ、なんておいしいそうなりんごなのでしょう。艶と手触りが素晴らしいわ」晴れやかな笑顔を浮かべて、りんごを人差し指でなぞってみせる。


 「さあさあ、食べてみなさい。きっと満足するだろう」


 両手を扇いで催促した。ここまで明梨は魔女と白雪姫の役交代をテンポよく、かつ滑らかに演じている。全ては声音と表情。白雪姫はともかく、りんご売りに扮する魔女についてはお話の中のおばあさんの特徴を理解している。

 かすれ気味の声、若者よりも若干ゆっくりな口調、現代より少し離れた古風の話し方、当たり前で簡単なことを忠実に成し遂げている。

 

 「おばあさん。このりんご……」


 白雪姫はりんごを食べずにまだじっくり眺めている。

 魔女はもしや毒りんごの正体に気づかれたかと、内心かなり動揺していた。

 明梨はその動揺を、手足を震えさせることで表現する。どちらの震えも気づきやすく、大げさすぎないものだった。


 「虫でもいたかい? だったら他のものに交換してあげよう」


 左手に持つ籠からもう一つりんごを取り出す。


 「いいえ、虫はいないわ。このりんごはどこの地方のものかを聞きたかっただけ」


 「あ、ああそのことかい。これはこの森を抜けた場所にあるお城の近くで取れたものだよ」

 

 手足の震えが止み安堵の表情になる。


 「それじゃあ頂きます。かぷっ」

 

 口をあむあむ動かす。

 そして喉をコクリと鳴らし、りんごを飲み込む。

 

 「すごくおいしい! あら、なんでしょう妙な後味が……する……」

 

 声がどんどん弱くなり、最後の部分は聞き取れなくなる。表情も笑顔から眠たいかのようなものに変化させ、完全に睡眠状態のものにさせる。穏やかな表情だった。するとすぐに目を開け、片手で顔を隠す。そして、肩を小刻みに震わせ笑い出した。


 「くくくく……ははははは。あっはっはっは!ようやく死んだか、この小娘が! これで誰が言おうと 世界一美しいのはわたくしよ! さあ、わたくしを崇め讃えなさい!」


両手を空に掲げ、高笑いに高笑いを重ねる。さきほどまでのおばあさんではなく、嫌らしい貪欲な魔女と化した。そこまで演じきった明梨は、一息ついてありがとうございましたとお辞儀をした。


 「妙な終わり方だな、おい。始まりもあれだけど……」


 紅洋が複雑そうに感想を述べた。


 「即興なんだから仕方ないだろ。いち早く有名所を探して浮かんできたのが白雪姫だったの。それに、あんまり長くても嫌だろうからキリのいいところで短く終わったんだ」


 明梨は演技に対する感想ではなく、明梨個人に対する感想に腹立たしさを感じた。


 「ほぅ。じゃあ次はこのシーンを選んだわけを聞かせて欲しいね」


 「白雪姫と魔女っていう全くタイプの違う二人を出して演じたことで、演技力に幅があるってことを表したかったから。それに、ここは白雪姫の人生の機転になるところだから好きなの」


 もっともなことを言ったかと思ったら個人的な理由だった。明梨は口を尖らせ、自分の長いツインテールを指に絡ませていく。


 「で、演技の感想を述べてくれたら嬉しいんだけど?」


 「ん、ああ。よかったよ、うまかったうまかった」


 曖昧であやふやな回答。


 「適当、抽象すぎる! もっとどこが良いか気に入ったかを具体的に!」


 声を荒げて右手の人差し指を紅洋の鼻先に突き当てた。鼻がぐにゃり横に押し潰れる。紅洋は思わずのけ反り、一歩後ずさった。


 「不満だったらそこの二人にも聞いたらいいだろ!」


 紅洋が真白と蒼にやっかいなバトンを投げ渡す。その流れで明梨の矛先がいともたやすく変わる。


 「とてもグッドです……」


 「めっちゃうまかったよ!」


 二人ともグッと親指をかざすが、紅洋のコメントと遜色なかった。

 だが、今回は明梨が文句を言うより早く真白が口を開いた。


 「仰ることは十分に理解しています。でも私は演劇を一度も観たことがないので、表現の仕方が上手くできないというかなんというか……。たぶん夜桜君や蒼さんも同じだと思いますけど……」


 だから上手いとは思っても、どこがどう上手く出来ているかが分からないらしい。

なら演技させないでくれと言わんばかりに、明梨は地面に手を突いて落胆する。

 その姿に哀れみを感じ取ったのか、真白は片ひざを折り明梨の肩に手を置いた。



 「あー、もう! 特進授業長すぎだっつの!」


 大和は授業が終了するなり教室を飛び出し、鞄片手に部室へと走る。

 途中腕時計を確認してみる。時計は午後六時半を指していた。特進科は普通科より時間数が多いことは知っていた。だが、まさか授業終了時間が普通化より三時間近く違うことには入学して気づいたのである。これは遊び大好き大和君にとって大きな誤算だった。 

 しかし、入学してしまったものは仕方ない。とにかく今は過去のしがらみを捨て、部室へ急いで駆けることにした。

 幸い足には自身があったので、部室には数分足らずで到着できた。


 「あー、疲れたあ。ごめん遅くなって……」


 扉をくぐった先で飛び込んできた光景に足が止まる。目が点になった。

 部屋の真ん中で明梨が膝を突いて服従のポーズらしきものを取り、真白が無表情で明梨を宥めている。さらに標的が逃げないよう紅洋と蒼が左右に分かれ監視している。そう大和の頭はお馬鹿キャラらしく忠実に間違った認識した。


 「お、やまちんお疲れー」


 「そんなとこで立ってないでこっち来いよ」

 

 蒼と紅洋が大和を手招く。

 だが、この光景に勘違い甚だしい認識をしている大和は「虐めはいけないことだと思います!!」などと、正論だが至極間違ったセリフを高らかに叫びだす。

 そして今度は紅洋と蒼の目が点になったのは言うまでもなかった。

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