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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
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第十一幕

演劇部部室。

 未だに周りを小道具が入ったダンボールや衣装ロッカー、背景スタンドなどが放置してある。そのため狭くは感じないが圧迫感があった。

 真ん中には長い八人用の木製テーブル、そして四つの椅子が左右二つずつ並べられている。テーブルの上には例の高級ティーポットが置かれており、注ぎ口からは湯気が立ち昇り、部屋中が紅茶の香りで包まれている。お茶菓子はなかったらしい。

 外は日が半分沈んで、世界と部室を夕焼け色に染め上げている。

 慌しすぎた今日を締めくくる静かで優雅なひと時。とはいってもこれからについての会議をしている。


 「てなわけで部員獲得に失敗したんだけども、今後の対策としていい案がある人ー」


 そう言って蒼が紅茶を一口飲んだ。あせることも落胆もせず落ち着いている。


 「一時間やそこらでいい案なんぞ浮かぶかよ。だったらあいつ引っ張ってきたほうがよかったんじゃねえ?」


 紅洋も一口紅茶を飲んで嘆息する。


 「個人的にはあかりんのこと気に入ったんだけど、やっぱりねえ……」


 「後々を考えてたらキリがないだろ。いつもみたく脅せば万事解決するっての」


 「そうなんだけどさー、男の子と違って女の子は繊細だからね。実力行使はあんまりしたくないんだよ」


 「へー……、男なら問題も関係も容赦もないと? 悪女だな。いや、悪女より性質が悪い」


 悪気、悪意、嫌味、同類語のどれにも相当しない紅洋のストレートな物言い。

 蒼は紅茶を零れないよう静かに置くと立ち上がり、紅洋にデコピンをしようと右腕を伸ばす。左腕は体を支えるためテーブルを掴む。

 テーブルを挟んでの攻防が火蓋を切った。

 もちろん素直に食らってやる筋合いもないので、弾いたり避けたりを幾度も繰り替えす。

 耐えかねた蒼はとうとう両手を使い始める。さすがに抵抗しきれない紅洋も手を使うことにした。防戦のみの紅洋は伸ばされた手、というか主に爪によって頬や腕に引っかき傷が作られていく。


 「一発だけ! 一発だけ素直になっちゃいなよ……!」


 「ふざけんな! 中指の骨が気持ち悪いくらい盛り上がってるデコピンなんぞ食らってたまるか!」


 構える両手の中指の骨が、手の甲の皮をつき破るんじゃないかと思うほど盛り上がっている。相当な力を親指と中指に込めている。痛くはないんだろうか。

 机にバンバン当たりながら攻防戦が激しさを増していく。

 さすがにカップの中の紅茶が揺れて、微量だが零れた。

 ひっそり宿題中の大和と眼鏡装備で小説を読んでいる真白にどこかしら変化が起きていく。大和は目を閉じて歯を食いしばっている。真白は無論表情に変化はないが、小説を持つ手が小刻みに震えている。


 「しぶといなー、もー! 一発だけだってば! 一発でもう安心、全部が収まる!」


 「俺の数分後の安心が保証されてない! だったら逆に俺がデコピンする!」


 「心に傷を負わされたはずのわたしが体にも傷を負わされるの!? もうお嫁に行けないじゃん……!」


 「それこそ安心しろ。俺は絶対もらってやらんけど、いいやつを紹介してやる……!」


 互いの両手を組んでしまい、二人とも攻撃に移れなくなった。それでも体は動かしているため机は揺れ続ける。

 このとき二人は気づくべきだった。真白が本を静かに閉じたことを。

 そんなこと全く視界に入っていない二人は、ギリギリと音が鳴るような力で互いの手を握り合う。

すると、真白は音もなく無表情で大和と自分のティーカップを掴みだす。そして一気に二つのかップの中身を組み合う二人にぶちまける。


 「…………」


 「…………」


 見事二人は顔から紅茶をかぶり、水滴が顎から滴り落ちる。時間が経ってぬるくなっていた紅茶だったので火傷は免れたが、淹れた直後であったのなら火傷では済まなかった。

 そこは真白なりの配慮なのかは定かではない。


 「二人とも……、宿題と読書中の人がいる横で騒音と振動を起こさないでください……」


 迷惑極まりないですと付け加え、用事は済んだといわんばかりに小説を開く。

 紅茶を滴らせている二人は、沈黙したままハンカチや袖で顔を拭う。脅しを抜きにしても、段々真白に逆らえなくなってきている。


 「蒼さん。ちょっとお願いしたいことがあるんですが……」


 「な、何かな?」

 

 「ここにボールがあります……」


 真白が黄色いテニスボールをポケットから取り出し、転がらないようテーブルにそっと置く。


 「こ、これは……。一発芸でもしろってことかな……?」


 一歩後ずさる。


 「まあ、それでもいいんですが……。とりあえず二時間くらいそのボールでじゃれててもらってもいいですか……?」


 「犬や猫と同じ扱い!? それよりボールである意味がないよね!?」


 「これはさっきたまたま拾ったんです……。いきますよ。ほーら、取ってこい……」


 真白がおもむろにボールを扉と真逆の方角に投げる。

 蒼が理解不能の面持ちになりながらもボールを目で追う。


 「ぇ……」


 すぐさま状況のまずさに気づく。

 視線の先にはティーカップやらと同じ高級食器。ティーカップを出し入れの際邪魔だったため蒼が一時的に棚から出していたのだ。食器にテニスボールが当たろうと傷すらつかないが、置いてある場所に多大な問題があった。

 それは団扇ほどの大きさの丸テーブルで、斜めに傾いているとはっきり分かるくらい傾いている。そんなものにボールは当たれば高確率でテーブルごと食器は落下する。結果は火を見るより明らかだろう。


 「―――っっっっっ!」


 声にならない声を喉から吐き出しつつ体を動かす。

 弧を描いて投げられたボールは下に落ちる直前、食器にあたる寸前でキャッチした。


 「あ、危ないなー! 割れたらどうするつもり!?」


 「割れなかったじゃないですか……。これに懲りたらどうかお静かに……」


 注意を蒼から小説に戻す。非を感じてはいないようだった。

 そんな態度にイラっときた蒼は手の中にあるボールの感触を確かめる。

 そして、振りかぶって真白へ全力で投げつけた。風を切って飛ぶボールは真白の頭にグングン近づく。

 そこでまさかの奇跡が起きた。


 「へくちっ」


 真白の頭がくしゃみによって十センチほど下に下がった。

 そのせいでボールは標的を通り過ぎ、ピンポイントで扉のガラスに飛んでいく。


 (げ、割れる……かも!?)


 刹那―――ガラガラと扉が開く。


 「こんにち―――ふぎゃっ」


 二度目の奇跡が起きた。安い奇跡もあるらしい。 

 ボールは来訪者の顔面にクリーンヒットし、そのまま後ろに倒れさせる。ゴンと頭を打つ嫌な鈍い音が聞こえた。

 蒼の顔が青ざめていく。

 しかし、どう考えても狙って入ってきたとしか思えないタイミング。一体この芸人に負けじとも劣らない来訪者は誰か。


 「だ、大丈夫ですか―――ってあかりん!?」


 紫堂明梨だった。胴着ではなく制服を着ており、髪型を耳の少し上で括ったツインテールにしている。だが、頭を打ったせいで上下左右にふらふらしている。


 「あかりん、ゴメンねー……。まさか人が来るとは思わなかったから……」


 言い訳をしながら明梨の体を揺らす。


 「ボクはここー、どこに誰ー?」


 ベタベタな意味不明言動。

 見兼ねた紅洋が気付けの紅茶を差し出す、かに見えた。紅茶はそのまま明梨の頭上に持っていかれ、しなやかな手つきで中身を注がれた。


 「冷たっ! 冷たい! 寒っ!」


 しっかり氷で冷やされていた。春のまだ寒い季節、頭だけだろうが冷水を浴びると体が震えてくる。


 「目、覚めたか?」


 「痛いし、寒いし……最悪な目覚めだけどね……」


 「おいおい、打ったとこも冷やしてやったんだぞ。感謝しろよ」


 腰に手を当てて、上から目線での物言い。

心 なしかニヤつきも伺える。

 せっかく来たのにこの仕打ち……」


 自分のハンカチで頭と顔を拭く。制服は大して濡れなかったらしい。


 「そう、それだ。お前何しに来た?」


 「何しにって……、一つしかないだろ」


 一枚の紙を紅洋に手渡した。それには入部届書の字がーさすがの紅洋も目を疑った。剣道場で頑なに拒否していたはずの意見を簡単に覆してきたのだ。画策があるのかも、と疑わざるを得ない。だが、明梨の真意は違っていた。


 「部の掛け持ちは校則違反じゃないんでしょ……?」


 明梨の問いに真白は活字を追いながら軽く頷く。


 「掛け持ちねえ……」


 「か、勘違いするなよ! ボクより強いお前と戦うために入ったんだからな! 演劇はそのついでだついで! 剣道でも演劇でもせいぜいボクの踏み台になってもらうから覚悟しとけ!」


 誰も聞いていないのに口が動く動く。それも滑舌よくスピーディーに。喋る度に身振り手振りをするため、ツインテールがひょこひょこ跳ねる。それを猫みたいに蒼が手で触ったり弾いたり結び直したりして勝手に遊ぶ。


 「あの……、髪で遊ばないでもらえます?」


 「新歓の儀式だから我慢我慢ー。でも髪長いのいいなあ、わたしも伸ばそうかなあー?」


 結成されて二日目の部活に恒例行事などない。もしこの新歓の儀式が採用されているならば、紅洋と大和も同様に髪をいじられなければならない。きっと今気まぐれで作ったのだろう。現段階で女の子の新入部員は明梨のみ。髪いじりに関して胡散臭く思われようが、怪しまれようが前例がないため確証のほどはない。全ては蒼のみぞが知っている。


 「つーか、儀式とかどーでもええわ」


 なぜか関西弁になる紅洋。


 「もしかしてよざっちも髪いじって欲しかったの? そうだなあ、その長さだとチョンマゲが妥当かな」


 「また自己完結してるし……。俺が言いたいのは書類をとっとと理事長に提出してこいってことだ」


 いくら部に持ってきてもらっても学校側の認識がなければ、それはただの紙切れにしかならないのだ。

 蒼が腕時計で時間を確認する。時刻は午後五時二十分。


 「理事長いるかなあ?」


 「いるって信じて行ってこい。提出すんのに早いに越したことはないだろ」


 「んー、分かった、本気ダッシュで行ってすぐ戻ってくる」


 しぶしぶ明梨の髪から手を離し、軽いストレッチを始めた。屈伸にアキレス腱伸ばしなど、足を重点的に伸ばしている。本当に全力ダッシュをするつもりだ。

 それから数秒体をほぐすとクラウチングスタートで理事長室に走っていった。


 「やれやれ、やる気あるんだかないんだか……」

 

 なんにせよこれで五人が揃い部への昇格条件をほぼ満たした。残るは一週間後にやってくる部活紹介。これに成功を納めれば、事実上部に認められる。そのためには練習あるのみ。だが、演目はまだ明かされていない。


 「戻ってきたときに聞きますか……。どうせちゃっかり決めてるだろうし」


 紅洋の視線の先で太陽が水平線へと消えていった。


 

 蒼が息を切らして戻ってきたころにはすっかり日が暮れていた。話を聞くと理事長室には誰もおらず、職員室や会議室にまで足を運んだという。

 この三つの部屋は全て別棟にあるというややこしい造りになっている。それを全力で走っていったのだ疲れるのは必死だった。にもかかわらず、理事長はいなかったオチ付きらしい。

 その後、夜道は危ないからと解散を命じられ五人はそれぞれの帰路についた。もちろん各々発声練習など部屋でもできる練習はするよう指示はされた。

 一番早く帰宅したのは寮に住んでいる紅洋。ロビーでたむろしている生徒の群れを抜け部屋に辿り着く。


 (……ん?)


 扉の下に手紙らしき物が挟まれていた。


 「うわー、デジャブ……」


 すっかりこの前のことを忘却の彼方にしまい込んでいた。真白が調べてくれているらしいが、まだ調べはついていないようだった。犯人は判らずとも内容には大体の検討はつく。手紙には前回と同じく新聞の切り抜きでこう書かれていた。


 『怨みはらさでー(笑)』


 やはり理解不能の嫌がらせ文章。紅洋はとりあえずこのことも真白に連絡することにした

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