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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
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第十幕

 「もういいでしょう? そろそろ始めませんか?」

 

 「そうですね……。夜桜君、頑張ってください……」


 真白が応援のエールを送るもすでに戦意喪失。床にのの字を書きなぞるトラウマモード。とてもすぐに回復する状態ではない。だが、戦わなければ負け、紅洋と真白は剣道部へ強制的に引き抜かれる。つまるところトラウマに打ち勝つ刺激を与え、起こすしか手はない。


 「おい紅洋。勝ったら欲しがってた全自動モチつき機やるよ」


 紅洋がギャグでそれを言っていたのは正月のことであった。今は春、四月。季節になれば使うこともあろうが、そもそもモチ米を蒸す以降の作業が面倒である。それよりも紅洋はそんなもの欲しくない。だったら切餅が欲しい。当たり前に紅洋は反応しない。


 「よざーっち。試合に勝ったらわたしと真白ちゃんのキッスをあげちゃうぞー」

テヘ。蒼は片目を閉じて下をチョロっと出し、頭を軽く叩く。これも一種のぶりっ子ポーズ。男なら夢に見る両側から挟まれてのキッス。大和を含めたこの場の男子は生唾を飲む。軽く反感を買う紅洋は可愛い子のチッスですら反応を示さない。


 「なら次は私ですか……。ああ、そうだ……。夜桜くん耳を貸してください……」


 真白が紅洋の耳元まで顔を近づけ口を動かす。声が小さすぎて会話内容は全く他に洩れていない。耳元から口を離すが早いか紅洋は立ち上がり、足元の竹刀を肩に担ぐ。その肩は微妙に震えてるようにも見えた。


 「ああ、脅したのか……」


 「脅したんだね……」


 大和と蒼は同情の眼差しを向ける。昼休みにも脅しておいてなんだが、一日で二回脅され、さらに恥ずかしい過去の秘密を大勢の前で暴露されるとなると同情もしたくなる。


 「よし、ルール説明をするぞ。試合は剣道。ルールは協会が決めた公式のもので行う。審判は俺達剣道部がするが、もちろん公平にジャッジするから安心してくれ」


 主将が初心者のために追加で剣道の大まかなルールを混ぜて説明する。初心者三人が理解したのは面、胴、小手、または喉元にうまく竹刀を当てれば一本、合計二本先取すれば勝つ省きに省いた基礎基礎の部分。後は、応援しつつもその都度クレームをし、説明を求めることにした。


 「待ってください。ルールは変則なものにしてください。剣道だったらボクに有利ですから」

明梨がルール変更を申し出る。せっかく曖昧にルールを覚えた三人から苦情がくる。


 「どういうこと? 頑張って覚えたのにー」


 「……俺は剣道のルールを知らん。昔はルールもへったくれもなかったから、試合はロリロリが剣道、俺は自由型でやってたな。時間もないしルールなんていいだろ?」


 「説明は必要だ。剣道と同じく面、胴、小手のいずれかの二本先取だけど突きは無し。また防具の使用は自由でアクロバティクな行為も可。これがボクたちの変則ルールです。主将、了承をお願いします」


 とても剣道と呼べるスポーツではない。変則すぎる。主将も了承をするかどうかを迷う。


 「危険は伴うようですが一応フェアなルールですね……」


 「いや、分かんないからさ……。具体的にお願い」


 「まず防具の使用の自由……。使えば安全は確保できますが、視界が狭くなり動き辛い……。逆に使わなければ危険は伴うもいつも通りの動きが可能になる……。そして一番の違いは防具無しの場合、一発でも当たれば痛みで即負けに繋がりますね……。そのかわり相手は安全面も考え、胴と小手しか狙えなくなる……。すると予測攻撃箇所が狭まり防御がしやすくなる……。フェアなルールです……」


 「え……? つまり何? とりあえずフェアだってこと?」


 真白の長いわかりにくい説明に蒼は混乱する。


 「要は、ルール自体に危険性はあるが、対処がしやすく逆に安全性もあるってことですよ……」


 蒼はおお、と感嘆の声をあげる。

 その一方、反対側では明梨が主将を説得しながら防具をつけていた。まず髪を手ぬぐいで覆い、胴を付け、面をかぶり、最後に小手をはめる。


 「審判はお任せします」


 明梨と紅洋が、テープで正方形に囲われた試合場の両端に立つ。


 「お願いします」

 

 「お願いします」

 

 向かい合う二人は静かに礼をした後、竹刀を構える。明梨は体を正面に、両手で竹刀を握り、右足を一歩前に出す。対する紅洋は体勢を真横にし、左手を前に、竹刀を持つ右手を後ろで構える。通常なら礼をした後、三歩進み、その場で屈むのだが、そこは変則ルールのため省いている。


 「始め!」


 合図の次に二人は直ぐさま間合いを詰め、竹刀をぶつけ合う。相手の出方を探る気はさらさらないらしい。


 「面!」


 明梨は危険を伴う頭部を迷わず狙う。それを紅洋はバックステップで避け、胴打ち。しかし素早い反応でうまく捌かれる。


 「引き胴!?」


 剣道部が騒ぎ立てる。


 「え、技使ったの!? ルール知ってるんじゃん。やっぱりよざっちはとんだ狸ですなあ」


 蒼が一人で興奮する。


 「基本的には剣道ですからね……。どうしても攻撃は剣道になるでしょう……」


 「また一人だけ分かってるー。解説してよー」


 真白の肩を掴んで左右に揺する。


 「簡単に説明します……。剣道で一本を取るには有効打、つまり竹刀の打突部の刃筋を正しく当てる必要があります……。そのため、間合いを空け詰めして攻撃すると自然に剣道の技に結び付くんです……」


 「ましろん随分詳しいけど、昔剣道やってたの?」


 「いえ、先ほどこれをお借りしたんです……」


 手には『剣道の基本ルール』があった。いつの間に借りて読んだのだろうか。それより、既にルールを暗唱できている。大和ですら驚く記憶力だった。


 「二人とも、試合が動きそうですよ……」


 視線を戻すと紅洋が明梨の連続打ちに押されているところだった。抜け出す隙を与えず、尚且つ正確に、全てのテンポを変え、素早く竹刀を振り下ろす。紅洋も負けじと隙を見て二度目の引き胴。だが軽くあしらわれ、後退しただけだった。


 「面! 小手ぇ!」


 「っ……、なろっ!」


 二回続けての攻撃を竹刀の峰と鍔でかろうじて防ぐ。少しずつ少しずつ端まで追いやられていく。これでは後ろに避けることが出来なくなる。

 絶対勝つと断言するだけはある。


 (やっぱ四年前より強くなってんな……。けど……!)


 紅洋が攻撃に出る。明梨の小手を狙らいを今度は竹刀で受けず、手を引くことで避け、乗じた隙に右胴へと竹刀を平行に薙ぐ。


 「甘いよ」


 「な!?」


 攻撃が届く前に、再度軸足に力を入れ剣先で胴を切り裂く。体ごと左に吹っ飛んだ。


 「いや、浅い!」


 どうやら一本は免れたようだ。踏み込みが足りなかったらしい。


 「痛っっっっ!!」


 脇腹に激痛が走る。振り下ろしより振り上げのほうが勢いはないが、直に当ったのだ。痛みそのものに大差はない。紅洋は額に脂汗を浮かばせ、脇腹を抱えてしゃがみ込む。


 「冷却スプレー!」


 すぐに大和が用意してもらっていたスプレーを持って駆け寄る。


 「当たる瞬間横に飛んでダメージを軽減したか、悪あがきだな。それでも痛みは相当だろ、もう降参したらどうだ?」


 「うるせえ……。お前、そんなんで油断して負けても文句言うなよ」


 息も絶え絶えに声を絞り出す。

 身体のほうは大和にシャツを捲られ、冷却スプレーで冷やしている。赤くなってはいるが、ただの打撲。どうやら痛みに耐えれば辛うじてまだ戦えるようだった。


 「その状態で士気を失わないことには敬意を払う。でもやってることはただの馬鹿だ」


 「ほめ言葉として受け取っておくよ……」


 ただでさえ集中力を使う剣道。にも関わらず紅洋は防具を使わずに恐怖心を煽り、精神への負担を増やす。さらにブランクまである。ただの馬鹿なのかただのマゾなのか怪しいところだった。


 「そんじゃま、やりますか……」


 再度脇腹を冷やし終わった紅洋と明梨が当初の定位置に戻る。違うのは、紅洋が肩で大きく息をするようになっていること。そして両手で竹刀を握ったこと。単純に片手よりも両手のほうが力の絶対量が違う。


 「始め!」


 試合が再開された。明梨は軽い足さばきを巧みに用い、確実に一本を取りにくる。


 「面!」


 外側へ紅洋の竹刀を払いのけた反動を利用する。

 体勢を真横にしてかわすも、鋭い切り上げが再度脇腹を襲う。

 もう一度当たればもう次はない。当たる寸前で紅洋は前方に飛び込み、ぶつかって共に倒れる形を選んだ。


 「止め!」


 主将の声で二回目の仕切り直し。


 「ふらふらだな。剣術のブランクもさながら体力の衰えにもがっかりだよ」


 「……よけいな……、お世話だ……」


 威圧と戦意だけは絶やさないよう睨みつける。


 「もう飽きた……。これで決める! 胴ぉぉ!」


 明梨が当初とは比べ物にならない速さのすり足で近づき、最後の胴打ち。小手先の技もフェイントもない。ただ純粋な速さと正確さを求めた力技。

 足元が覚束ない紅洋ではもう避ける術を持っていない。仮に防いだところで第二第三の攻撃がくる。絶体絶命と誰もが認める状況。

 そう、明梨を含めた剣道部のメンバーだけが、甘い目線で両者の実力を測っていた。

 盤面は一瞬で引っくり返える。

 隠れていたポーンがクイーンとなりキングの首筋に刃をかざした。

 紅洋が再度右手だけで竹刀を握り、そのまま向かってくる攻撃を左下に弾く。すると次には、あろうことか左手に持ち替え、身体を捻る勢いで逆に胴打ちを狙いにいった。残心も忘れない。


 パーン!


 乾いた音が軽やかに響き、霧散していく。


 「…………い、一本!」


 決着。

 場内に歓声と悲痛な声が飛び交う。


 「何で、どうして動ける!? もうふらふらだったでしょ!」


 「あん? 忘れてもらっちゃ困るな。俺は演劇部だぜ、防具なしも布石布石。まあ、バレんためにワザと一発食らったのはまずったけどな。まじで痛いし……」


 打って変わって元気な様子になる。いつも通り息も整っており、足元もしっかりしている。

 試合中とはまるで別人。本当は遠くにいる双子の兄弟と一瞬で入れ替わったのではないか。

 だが、本人の証拠である負傷した脇腹をさすっている。ダメージを軽減したところで生身に堅い竹刀だ。広範囲で青痣になるだろう。


 「つーわけで俺の勝ちだ、約束どおり演劇部に入ってもらう。ほれ入部届書にサインしろ」

 

 昼間、大量に押し付けられたうちの一枚を胸ポケットから取り出す。

 あれだけ動いたわりに、汗で濡れていなかった。

 そもそも紅洋は汗の一滴もかいていない。それは明梨にも言えることだが。


 「こーよー、もういいだろ? 嫌がる子を無理矢理入れる必要はねえって。本人にとっても俺らにとっても後々響いてくるぞ」


 大和が横から入部届書を引っ手繰る。

 意味は理解できた。無理矢理入れて人数は確保できるが、紅洋みたくやる気をだしてくれる保証はない。それだけでメンバーの士気が下がる恐れがある。ならば今の状態を保つほうがいい。


 「ずいぶんロリロリに優しいな。いつもはもうちょっと俺に協力的じゃないか?」


 「俺は女の子の味方なのー。お前も大事だが、今回俺は涙を飲んで女の子の味方をせざるを得ない運命なのさ」


 「めーん」


 いきなり紅洋が持っている竹刀を振り下ろす。その速度は試合中の比ではなかった。

 しかし、大和は見事にそれを真剣白刃取りで防ぐ。こっちはこっちで凄まじい反射神経を披露する。


 「ふ……、お前の行動なぞお見通しさ!」


 「どーう」


 「ぐはっ……!」


 ちょっとイラっときた紅洋は竹刀に力を入れたまま、腹部に蹴りをお見舞いする。右の脇腹が痛いことを忘れて蹴った。自業自得で悲鳴を上げてうずくまる。


 「はいはい、撤収ー! 真白あとよろしくー!」


 蒼が倒れた二人の襟首を掴み、そのまま引きずっていく。最後に名残惜しそうに明梨を一瞥した。

 今回結果はどうあれ、部同士の賭け事をした。前演劇部とは違う結果を出すと言った矢先で、バレるわけにはいかない。真白はバレたときの手は打ってあるが、なるべく使いたくないのが本心だった。


 (あのウザい人に言い訳するのも疲れますしね……)


 いや、ただめんどくさいのが本心だった。


 「そうだ、紫堂さん……。あなたにいくつか言わないといけないことがあるんでした……」


 「……なに?」


 「私たちの部長はあなたのお姉さんの意志……、志を継いでいます……。ご存知でしたか……?」


 「別に……。ボクには関係ありませんから」


 さして興味がないように鼻であしらう。

 大和の話では、中学時代、夜桜道場に通いながら三年間演劇部に所属していたらしい。高校に入ってからは道場を辞め、剣道部に入部した。演劇をやめたのは月城学園に演劇部がなかったためか。それとも他の理由でやめたのかは定かではない。それでも少なからず興味、未練はあるはず。

 そう考えた真白は半強制的に入部届書を胸に押し付ける。これはさっき大和が紅洋から奪ったもの。


 「いりません!」


 明梨が届書を払いのけるため、右手を真白の手の真下に動かした。

 ただ、動かしただけだった。数秒経つも一向に届書を払う動作をしない。それどころか全身を凍りつかせたように静止させている。


 「一応受け取ってください……。もちろんこれをどうするかは、あなたが決めることです……」


 押し付けた紙を動かさない手に握らせる。

 最後に真白は耳に顔を近づけて「部の掛け持ちは校則違反の対象外ですよ……」と一言だけ告げる。

 そしてそのまま一礼し、部室に向かうべく音もなく剣道場から退出した。

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