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月城学園演劇部  作者: 雨宮 翼
1/23

開幕

桜舞う四月初頭。

 入学式が終わり初の登校日。一年生は新しい生活に不安と期待を胸に抱き新たな生活を始めるこの月城学園に向かって歩みを進める。学園の門をくぐると、まずは学園のシンボルになっている時計塔と校舎が目に入ると思いきや、直ぐさま部活の勧誘をする生徒に取り囲まれる。勧誘を断りチラシをもらう生徒が大半だが、そのまま入部する生徒ももちろんいる。


 夜桜紅洋よざくら こうようは前者だった。といっても勧誘チラシも断っていた。

 目にかかる長さの黒髪で若干つり目、卸したての茶色い制服、黒いズボンを着こなした新入生。勧誘をうざったいと感じながらも一つ一つ丁寧に断っていく。


 断り続けて早十数分、ようやく下駄箱のある正面入り口が目に入った。

 そこでも勧誘に囲まれる。当然ながら正面入り口にはほとんどの生徒が出入りのため使用する。そのため格好の勧誘場所になっているのだ。


 声をかけてくるのはサッカー部や野球部などのスポーツ系、科学部や文芸部などの文科系が多い。だが、中には風水部やオカルト研究部などの一風変わったもの、戦術部やメトロノーム愛好会など活動内容すら分からないような部活もあった。それよりも最後のは存続しているしていること事態驚きである。

 それらも全てうまくすり抜けたと思った時だった。

 

「こーよー!」


 後ろから大声で人の名前を呼びながら全力疾走してくる生徒がいた。短く固めた金に近い茶髪が目立ち、制服の胸元を空けている。身長は紅洋よりも僅かに高い。紅洋は振り向きもせず下駄箱へと歩く。


「紅洋ってば!」


 追い付かれた輩に右肩を掴まれた。それに反応し、紅洋は応答もなく右肘を力の限り相手の腹部に突き刺した。


「うるさい。つか恥ずいから大声で人の名前呼ぶな!」


「げふっ……。お約束だぜ……」


 謎の言葉を残し、輩はその場に崩れ落ちた。紅洋は一瞬足を止め、相手の様子を一瞥すると再び歩みを進める―――はずだった。


「うわっ……!」


 何かにぶつかった。

 こけずに踏み止まり目を凝らす、までもない。自分より微妙に大きいピンクの物体が目の前にそびえ立っている。よく見ると別段可愛くもないウサギの着ぐるみだった。四月ということもあり、まだ冷い風が吹いている。そのため皆多少厚着をしているが、着ぐるみだと外の温度など関係なしに蒸れて中がとんでもないことになっていそうだった。


(本当に着る人いるんだ、アホらしい……)


 ドラマや漫画では着ぐるみ姿で勧誘をしている光景をたびたび目にするが、実際は聞いたことも見たこともなかった。

 紅洋はそのまま素通りしようと横に逸れるが行く手を阻むかのようにウサギも同じ方向に動く。何度か方向転換を試みるも全て行く手を阻まれる。


「部活の勧誘ですか……? 申し訳ないんですがお断りしま―――」


 紅洋が笑顔で丁寧に切り抜けようとしたとき無理矢理一枚の紙を押し付けられた。


「演劇部? いや、だからいらな―――っていねえし!」


 可愛らしいイラストが描かれているチラシに目を通しているうちにウサギは人込み紛れたようだ。ピンク色の塊が人と人の間から微かに見え隠れしている。しかし疾風の如くスピード。あの格好でこの速さならば陸上部へ入ればいいのでは? と紅洋は心の中で思った。


「んー?『授業終了後北棟二階演劇部部室に来たるべし』だって、行くのか紅洋?」


 頭の後ろから手が伸び、押し付けられたチラシを掴んだ。


「……いつの間に復活してんだよ大和。いいから潰れとけ、馴れ馴れしい」


 会話が噛み合わない二人。

 夜桜紅洋と大和こと橙乃大和とうのやまとは小学校からの幼なじみだが、さりげない上下関係が築き上げられている。もちろん紅洋が『上』なのは言うまでもない。


「つれないこと言うなよー、俺と紅洋の仲だろ」


「あー、うぜえ……。お前三百メートルくらい離れて歩けよ」


 呆れた顔で呟きながら下駄箱のある正面入り口へと歩く。


「そういや俺たちクラス違ったよな? 何組だったっけ? ちなみに俺は一組ー」


「六組だ、昨日も言っただろ。そもそも俺は普通科でお前は特進科なんだからクラスが一緒になるわけない」


 月城学園には四つの科があり、普通科は一般教養科で特進科は進学コースになっている。また特進科の生徒は全員特待生であり、学内に一クラスしか存在しない。

 月城学園は県屈指の進学校のため普通科でも倍率が高いのだが、特進科は普通科の三倍ほどの倍率になる。

つまり大和はおちゃらけているが優等生なのだ。


「紅洋も特進に来ればよかったのにー」

「俺にお前みたいな頭はない」

「勉強なら先生よりも優しく分かりやすく教えてやるよー」


 やめとけばいいのに調子に乗って大和は紅洋の両肩を後ろからぽんぽん叩く。すると案の定、紅洋の肘が大和の腹部に突き刺さる。


「照れ屋さんだぜ……」


そのまま地面へと崩れ落ちた。


「はいはい、悪かったな照れ屋で。うわっ! 痛って!」


 突然春の強風に煽られ髪がくしゃくしゃになり目に入った。さらに桜の花も目に入る。ところどころで女子生徒が、「きゃっ……!」とか「スカートが……!」など声を上げるが悲しくも桜のおかげで状況を確認できなかった。


 しかし大和は「ピンクに白に……黒か! なかなかの眺めですなあ」と親父くさいセリフで感想を口にする。倒れてもただでは起きない男である。


その時、「はははは、同士よ! 今こそ立ち上がるのだ!」


 どこからか謎の三人組が白鳥の湖を踊りながら現れた。服装は紅洋や大和と同じ普通の学生服だが、手には一眼レフカメラと学生服には全く釣り合わないものを持っている。変人は全てが変なのだと実感させられる。


「君たちも見たようだね! 今の麗しき光景を! どうだね、是非我らが『下着研究部』に入らないかい? 今なら下着の生写真を進呈中だよ!」


 三人組のリーダーらしき人物が五枚ほどの写真を二人にちらりと見せる。写っているものは見えなかった。しかし、この写真が女性付きのものならば完全に犯罪である。


「いらないし興味ないです。それに変体と馴れ合う気ないんで」

「またまたー。男は皆大好きなはずだよ。コ、レ、本当は欲しいんでしょ?」


 リーダーが二人に近づき写真で紅洋の肩を叩く。もう一度、今度は丁寧に紅洋は断るが、リーダーはしつこく写真で肩を叩き続ける。


「大和ー、通行の邪魔になるゴミを潰せー」

「オーケー。ゴミ掃除は大事だよねー。学校は常に綺麗にしとかねーとなー」


 満面の笑顔で大和はボキボキと指をならす。


「ぼぼぼ暴力反対! みみみなさん、ににに逃げますよ!」


三人組は脱兎の勢いで場から逃げさった。登場もいきなりで、退場も早あっという間だった。一体何をしにきたのだろう? 去り際に「覚えてろ!」と、よく聞く言葉を残していったが意図が掴めなかった。


キーンコーンカーンコーン。予鈴のチャイムが学園中に響き渡る。


「ったく、変人に構ってるとろくな事無いな……」


紅洋が疲れた顔で頭を掻く。


「間違いないな!」

「…………」


紅洋が足を進める。三度目の正直。ようやく二人は妨害から解放され校舎に入ることができた。



 一方、人ゴミに消えたピンクのウサギはメインストレートを少し外れた位置にある自動販売機にもたれ掛かっていた。


「おっまたせー! チラシ全部配り終えたかなー?」


 ウサギの元にチャイナ服姿のパンダが手を大きく振って元気よくやってきた。


「……そこそこです」

「そこそこかあ。実は私もそんなに配れてなかったりしてー」


 パンダは元気のいいくぐもった声を出す。着ぐるみのせいで全く顔は見えないが中の人物は屈託のない笑顔を浮かべているに違いない。


「これで第一の計画が終了したから、授業後の第二計画に準備を進めなきゃね!」

「計画というものがあったんですね……、ちょっと驚きです」

 

 ウサギから聞こえる声に別段驚いた様子はない。


「任せてくれたまえ。もちろんウサギ君にも手伝ってもらうから頑張ってね」

「仕事はパンダさんに一任します。一つ質問してもいいですか?」


 ウサギは頼みを一蹴して自分の質問に移る。


「なんだねワトソン君?」


 一蹴されたことを気にする様子もなく聞き返す。

どうしてここで彼の有名小説に出て来る探偵助手の名前が出たのかが謎だが、置いておくことにする。


「私はこのウサギの格好でチラシを配る必要があったんでしょうか?」


 ウサギからあまり感情が込められていない声が発せられる。

 その質問にパンダは、「あるよ! 大ありだよ! ピンクのウサギは幸運を呼ぶと言われてる伝説の生き物だよ! これから私たちが演劇部で生きていく上での験担ぎも兼ねてるんだよ!」と、全く意味不明なことを熱く語っていく。


「……そうですか」


 やはり感情が込められていない口調でウサギは話す。着ぐるみで表情が見えないが、もしかすると中の人物は呆れ顔になっているかもしれない。


(一体どこから架空の設定が出て来るのやら……。まあ、それに付き合ってる私も私ですか……)


 ウサギは頭がズレないように気をつけながら空を見上げた。

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴り響き、まだ勧誘に嵌って校門近くにいる一年生が慌てふためきながら校内に駆け出す。


「ちょっとやばめだ! 私たちも急ごう!」


 パンダがウサギを促して駆け出す。


「そうですね。まあ、着ぐるみのせいで間違いなく遅刻ですけど」


 逆にウサギは完全に諦めた様子だが、置いていかれないように走ってパンダを追いかけた。

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