第8話 ブラックツリーの拠点
セントラルの中心部に近づくにつれ、街の空気はさらに澄んでいった。
人の数は多い。
だが、喧騒はない。
足音、話し声、馬のいななき――
それらが不思議なほど調和している。
(……落ち着かない)
エリシアは、無意識に背筋を伸ばしていた。
新大陸でも、王都でも、ここまで均衡の取れた空間は見たことがない。
自由を掲げていながら、無秩序ではない。
それは、管理されているからではない。
理解されているからだ。
「まずは、こっちだ」
悠人が進路を変える。
向かった先に現れたのは、街の中でも一際目を引く建物だった。
白を基調とした石造り。
過剰な装飾はないが、柱や回廊の一つ一つに、莫大な手間と資金がかけられているのが分かる。
(……豪華)
正直な感想が、胸に浮かんだ。
「ここが……?」
「円卓の騎士の拠点よ」
セナが短く答える。
王城ではない。
でも、王城よりも“重い”。
門の前に立つだけで、自然と姿勢が正される。
威圧ではなく、格の差を悟らされる感覚。
中へ足を踏み入れた瞬間、さらに理解した。
広いホール。
高い天井。
壁には、円卓を象徴する紋章と、歴代の騎士を示す刻印。
それでいて、騎士の数は多くない。
(……数で守る場所じゃない)
立っているだけで抑止力になる者たちの拠点。
ここは、そういう場所だ。
「久しぶりだな、第1席」
奥から声がかかる。
現れたのは、壮年の男。
簡素な騎士装束だが、魔力の密度が明らかに違う。
悠人は軽く手を挙げただけで答えた。
「変わってないな」
敬意を示すでもなく、軽んじるでもない。
近すぎず、遠すぎない距離。
(……なるほど)
エリシアはようやく理解し始めていた。
ブラックツリーは円卓の騎士。
だが、従属しているわけではない。
それでいて、対等でもない。
役割として、同じ円卓に座っている。
「例の件だが」
「聞いてる」
「表では扱えない。冒険者協会経由も不可だ」
「だろうな」
短い会話。
だが、内容の重さは十分すぎるほど伝わってくる。
(……ここで扱う依頼って)
国家でも、冒険者協会でも手に負えないもの。
だからこそ、円卓に集まる。
「詳細は後で回す。今回は“個人的”に頼みたい」
「分かった」
それ以上、悠人は踏み込まなかった。
必要以上に聞かない。
それが、第1席の流儀なのだと直感する。
⸻
円卓の拠点を後にし、三人は街の別区画へと向かった。
雰囲気が、明らかに変わる。
落ち着いている。
でも、今度は“生活の気配”がある。
「ここが、ブラックツリーの拠点?」
エリシアが尋ねる。
建物は三階建て。
外観は控えめだが、敷地は広い。
(……広すぎない?)
二人で使うには、明らかに持て余す規模。
その視線に気づいたのか、悠人が言った。
「2人で住むには広いって思ったろ」
「……うん」
正直に頷く。
「他にも仲間がいる」
淡々とした口調。
「今はいない者も多い、頃合いを見て紹介する」
(仲間……)
セナだけじゃない。
ブラックツリーは、もっと大きな組織なのだと、ようやく実感する。
中へ入ると、内装はさらに整っていた。
応接用の部屋。
装備保管室。
魔道具の管理棚。
実用性を突き詰めたうえでの、余裕。
「おかえりなさいませ」
廊下の奥から、少女の声がした。
現れたのは、十代半ばほどの少女。
控えめな服装だが、魔力の質が異様に高い。
「ティナ、留守は問題なかったか?」
「はい。特に異常はございません」
丁寧な敬語。
所作も落ち着いている。
「こちらは?」
ティナの視線が、エリシアに向く。
「エリシアだ。しばらくここにいる」
「承知しました。お部屋の準備はできております」
(……準備?)
思わず瞬きをする。
「私、まだ正式に――」
「細かいことは後でいい」
悠人が遮った。
「必要なら、場所は用意する」
それだけ。
だが、その一言が示す意味は重かった。
ここは、“帰る場所”なのだ。
エリシアは、静かに息を吐いた。
⸻
世界の裏側に、足を踏み入れたのだと




