第7話 ここでは特別ではない
セントラルの朝は、思っていたよりも静かだった。
人の声はある。
足音も、商人の呼び込みも、確かに存在する。
それでも――
どこか、整いすぎている。
(……落ち着きすぎている、というべきかしら)
宿を出て通りに足を踏み出した瞬間、私はそう感じた。
視界に入るのは、さまざまな種族。
装備も服装もばらばらで、統一感はない。
それなのに、誰一人として浮いていない。
魔力を隠していない者が多い。
しかも雑ではなく、無駄がない。
(……強い)
単純な魔力量の話ではない。
制御、感覚、経験――
積み重ねてきたものが、そのまま表に出ている。
新大陸でなら、間違いなく目立つ存在。
国に囲われてもおかしくない力。
だが、この街では――
(誰も、気にしていない)
視線は交わる。
けれど、値踏みでも警戒でもない。
ただの通行人として、すれ違うだけ。
「不思議そうな顔してるわね」
隣を歩くセナが、何気なく言った。
「……この街の人たち、強い」
「ええ」
即答だった。
「でも、それだけよ」
「……それだけ?」
「強いのは、特別なことじゃない」
その言葉に、胸の奥がわずかに軋んだ。
王族として育ち、
力を磨き、
誇りとしてきた“強さ”。
それが、この街では前提条件のように扱われている。
(……じゃあ、私は?)
答えの出ない問いが、静かに沈んでいく。
⸻
通りの先で、小さな揉め事が起きていた。
商人と冒険者。
荷の扱いを巡って、声が荒くなる。
魔力が揺れた。
一瞬、空気が張り詰める。
(……来る)
私は反射的に周囲を見た。
円卓の騎士。
治安を担う存在。
だが――誰もいない。
次の瞬間、冒険者の方が一歩引いた。
「……悪かった」
商人も、それ以上追及しない。
それだけで終わった。
魔力は霧散し、
周囲の人々は、何事もなかったかのように歩き出す。
(止められたわけじゃない)
命令も、威圧も、介入もない。
ただ――
越えてはいけない線を、全員が理解している。
(こんな街……)
私は、知らなかった。
⸻
悠人は、相変わらずだった。
街を警戒するでもなく、
気に留める様子もなく、
ただ自然に歩いている。
この街に“馴染んでいる”のではない。
最初から、ここが居場所だったかのような歩き方。
(……この人は)
セントラルを、特別だと思っていない。
だからこそ、
この街の異常さが、余計に際立つ。
「エリシア」
悠人が、前を向いたまま言った。
「立ち止まるな」
「……え?」
「考えるなら、歩きながらでいい」
振り返りもしない。
それでも、その言葉は確かに私に向けられていた。
私は、歩き出す。
セントラルの中心へ。
“基準”の内側へ。
(……逃げ場は、ないわね)
ここでは、
知らないままでいることが、
一番の弱さになる。
私は、杖を握り直した。
この街で。
この人たちの隣で。
――私は、どこまで行けるのか。
それを知るために、
もう引き返す理由はなかった。




