第6話 第1席という問題にならない存在
セントラルの外壁が見えた時点で、俺は魔道エンジン車の速度を落とした。
ここは、急いで入る街じゃない。
入る前から、すでに“見られている”。
(……相変わらずだな)
城壁は高くない。
門も、威圧感を与える造りじゃない。
それでも、この街の外縁に足を踏み入れた瞬間、
空気の質が変わる。
魔力が静かだ。
流れが整いすぎている。
警戒ではない。
監視でもない。
――把握。
それだけが、淡々と存在している。
「……空気が固いわね」
助手席のセナが、小さく息を吐いた。
「あぁ」
短く返す。
見張りの姿はない。
哨戒も、魔法反応も見えない。
それでも確信できる。
この街は、入ってくる“存在”を最初から分類している。
危険か。
無害か。
それとも――問題にならないか。
(俺たちは、最後だ)
バックミラー越しに、後部座席の様子が映る。
エリシアは外を見ている。
落ち着いているようで、魔力の揺れは誤魔化せていない。
無理もない。
セントラルは、
力を持つ者が、力を振るわないことを前提に成り立つ街だ。
知識があるだけじゃ足りない。
覚悟があるだけでも足りない。
ここで求められるのは――
“基準を受け入れること”。
門が近づく。
円卓の騎士が、数人。
数は少ないが、質が違う。
視線が、一瞬だけこちらを捉えた。
ほんの一瞬。
確認するように見て、すぐに外す。
止める理由がない。
問いただす必要もない。
だから、門は開いたままだ。
(……問題なしか)
車は、そのまま門を通過する。
ブレーキを踏むこともなく、
減速すら求められない。
「止められないのね」
セナが、淡々と言う。
「止める理由がない」
「“ない”というより……」
言いかけて、やめた。
多分、セナも分かっている。
俺たちは、
止める対象じゃない。
それだけだ。
門を完全に抜けたところで、
ようやく車を路肩に寄せ、エンジンを落とす。
魔道エンジンの低い駆動音が消え、
街の音が流れ込んできた。
人の声。
商談のやり取り。
雑多で、自由で、それでいて――整っている。
車を降りると、
エリシアが一拍遅れて続いた。
周囲を見渡し、わずかに息を飲む。
(……そうだろうな)
この街では、
王族用のアーティファクトも、
熟練の魔術師も、
特別扱いされない。
力は前提。
評価は、その先。
「エリシア」
俺は、歩き出しながら声をかけた。
「ここから先は、今までと基準が違う」
「……基準?」
「ああ」
振り返らずに続ける。
「お前が“特別”だと思ってきたものは、
ここでは“普通”だ」
「そして――」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「俺みたいなのは、“問題にならない存在”として扱われる」
エリシアの足が、わずかに止まった気配がした。
だが、すぐにまた歩き出す。
(……いい反応だ)
驚きも、反発もある。
だが、拒絶はない。
それでいい。
ブラックツリーは、円卓の騎士だ。
しかも、第1席。
所属しているわけでも、
従っているわけでもない。
だが――均衡を崩さない責任だけは、確かに背負っている。
前に出すぎれば、街が歪む。
引きすぎれば、力が腐る。
だから、俺はここにいる。
問題にならない距離で。
セントラルの街並みが、ゆっくりと奥へ続いていく。
さて――
ここからが、日常だ。
ブラックツリーの基準で測られる、最初の一日が始まる




