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最強なのに表に出る気がない俺が、世界の裏側に立つギルドを作った話  作者: 月詠
第7章 均衡の外側〜接触〜

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第50話 報告

 ブラックツリーの拠点は、いつも通り静かだった。


 廊下に足音は響かない。

 談笑も、雑談もない。

 誰かが慌ただしく走る気配もない。


 だがそれは、平穏とは少し違う。


 不要な音を排除し、

 必要なやり取りだけが残された結果の静けさ。


 ここでは、沈黙すら機能の一部だった。


 奥の部屋。

 分厚い木製の扉の向こう。


 机に向かっていた悠人は、紙の上を走らせていたペンを止めることなく、扉の向こうの気配にわずかに意識を向けた。


 足音は小さい。

 だが、隠す気のない歩き方。


 数秒後、扉が開く。


「戻ったか」


 振り返らずに言う。


「うん」


 セナは短く答え、自然な動作で部屋に入り、向かいの椅子に腰を下ろした。


 挨拶も、形式ばった報告姿勢もない。

 書類を差し出すこともない。


 ここでは、それらは不要だった。


 必要なのは、情報だけ。


 そして、それをどう扱うかという判断だけだ。


 悠人はようやくペンを置く。

 インクが紙に染み込むのを数秒見つめてから、視線を上げた。


「円卓が動いた」


 セナは前置きを省き、核心だけを告げる。


「そうか」


 興味がなさそうな返事だった。


 だが、その瞬間。

 机の上で回していたペンが止まる。


 意識は完全に切り替わっていた。


「セントラル近郊」

「防衛線の外縁で異常」


 悠人は何も言わない。


 続きを待つだけだ。


「夜明け前」

「哨戒部隊が接触していた魔物の群れが消えた」


 セナの声は一定だった。

 報告として整えられている。


「交戦は成立してた」

「途中まで」


 その言葉に、

 悠人の指先が、ほんのわずかに止まる。


「途中まで、か」


 短く繰り返す。


 セナは頷く。


「地面は荒れてる」

「衝突跡も、衝撃で裂けた地層も残ってる」


「血もある」

「爪痕も、武器の損傷も確認されてる」


 一拍置いて。


「でも」

 淡々と続ける。

「戦闘痕が、途中で切れてる」


 部屋の空気が、わずかに沈む。


「討伐でも撤退でもない」

「“存在してた途中まで”が残ってる」


 悠人は椅子にもたれた。


 背もたれが軋む音が、静かな部屋に小さく響く。


 天井を見るでもなく、

 視線は宙に漂ったままだ。


 だが、その沈黙は思考ではない。


 どこかで、既視感を確かめている。

 そんな種類の間だった。


「他には?」


「後続の索敵部隊でも同じ現象」

「視線を感じた直後、兵が一人消えた」


「消えた?」


「痕跡ごと」


 セナは言葉を選ばない。


「魔力反応なし」

「転移兆候なし」

「外部干渉の痕跡も検出されてない」


 静かな部屋に、

 短く息を吐く音だけが落ちた。


 悠人だった。


「……随分、露骨だな」


 低く呟く。


「防衛線はこのままだと、維持できない」

「人が消えるなら、配置そのものが崩れる」


 セナは冷静に分析を続ける。


「兵站も連鎖的に破綻する」

「警備の穴は交易路にも影響が出る」


「経済にも影響が出始めるな」


 悠人は口元だけで笑う。


 乾いた笑みだった。


「なるほど」

「隠す気、なくなってきたか」


 セナは、わずかに視線を上げる。


「カミの線は?」


「否定材料はない」


 即答だった。


「旧記録と一致してる」

「“見られてた”って証言も揃ってる」


 悠人は黙る。


 言葉を探しているわけではない。

 情報を照合しているわけでもない。


 ただ――

 既に知っている何かと、

 今起きている事象を重ねている。


 そんな沈黙だった。


「円卓は?」


 ようやく口を開く。


「世界規模で動くしかない、って結論」

「でも現実的じゃない」


 セナは即答する。


「セントラルを嫌ってる国が多い」

「共同戦線は成立しない」


「利害がぶつかる」

「指揮系統も統一できない」


「時間をかければ」

「その分、被害が広がる」


 悠人はゆっくりと立ち上がった。


 椅子が床を擦る音が、やけに大きく響く。


「で」

「依頼ってわけか」


「建前はブラックツリー」

「でも実際に自由に動けるのは、悠人だけ」


 一瞬。


 空気が張り詰める。


 悠人の視線が、わずかに鋭くなった。


「断れる?」


「断れる」

「でも、代わりはいない」


 間を置かず返される答え。


「……だろうな」


 悠人は窓の外を見る。


 遠く。

 街並みの向こう。


 セントラルの方角。


「カミ…か」


 呟きは小さい。


 だが、その言葉は軽くなかった。


「最近」

 悠人は続ける。

「やけに近いな」


 セナは肩をわずかに傾ける。


「前から、じゃない?」


「前は」

 悠人は静かに首を振る。

「ここまで“分かりやすく”なかった」


 それ以上、理由は語らない。


 だが、セナには十分だった。


 悠人が感じている距離感。

 それは単なる物理的なものではない。


 何かが、意図的に近づいてきている。


「準備しといて」


 悠人は机に手を置きながら言う。


「場所」

「消えた順番」

「時間のズレ」


「情報は全部欲しい」


「了解」


 セナは立ち上がる。


 椅子を引く音すら最小限だった。


「……また、面倒事?」


 振り返りながら、軽く言う。


「そうだな」


 悠人は、ほんの一瞬だけ笑った。


 疲労も、諦めもない。

 ただ、事実を認めるだけの笑み。


「でも」

「逃す気はない」


 それ以上は語らない。


 使命でもない。

 義務でもない。

 円卓のためでもない。


 世界のためですらない。


 ただ――


 “そこにあるなら、確かめる”


 それだけの温度。


 窓の外では、

 まだ穏やかな日常が続いている。


 だが、その均衡の外側で。


 悠人は、静かに動き始めていた。


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