第40話 第2席の報告
円卓の間に、重い沈黙が落ちていた。
それは音のない静けさではない。
人の気配が確かに存在しているにもかかわらず、意図的に保たれている沈黙だった。
誰も口を開かない。
咳払いひとつ、椅子を引く音ひとつない。
壁際に立つ護衛たちでさえ、呼吸を殺している。
この場では、無意識の動作すら目立つ。
やがて、第二席に座る男が、静寂を破った。
白銀血盟騎士団――その団長。
円卓の騎士の中でも、実戦と組織運営の双方を担う存在だ。
鎧は磨き抜かれている。
装飾は少なく、実用性だけを突き詰めた形状。
だが、よく見れば、無数の細かな傷が刻まれている。
長く使われてきた痕跡。
飾りではないことを、雄弁に物語っていた。
「まずは私からだね、報告しよう」
低く、抑揚のない声。
場を支配しようとする響きではない。
命令でも、演説でもない。
ただ、事実をそのまま並べるための声だった。
「北西方面、旧鉱山地帯で新規ダンジョンを確認した。
深度は推定三十層以上。内部は多層迷宮型だ」
数字が出た瞬間、空気がわずかに引き締まる。
誰かが息を吸い、止めたのが分かった。
円卓に集う者たちにとっても、その数値は軽くない。
三十層。
エリシアでも、それが軽い数字でないことは分かる。
街で語られる「危険なダンジョン」とは、次元が違う。
討伐依頼として流通することすら稀な規模だ。
「第一次侵入は精鋭二個中隊。
帰還者は七十二名中、五十四名」
――十八名。
エリシアの意識の中で、その数だけが切り取られた。
名前も顔も知らない。
それでも、ただの数字として流すことはできなかった。
「死者十二。重傷者六。
原因は未確認の魔物群と、侵入中に発生した地形変化」
団長の声は変わらない。
数字を読み上げる調子も、先ほどと同じだ。
だが、感情を挟まないからこそ、
そこに含まれる重みだけが、否応なく伝わってくる。
「撤退判断は正しかった。
戦力差はあったが、壊滅は避けている」
それは言い訳ではなかった。
自己弁護でも、責任逃れでもない。
結果をそのまま受け止めた、冷静な評価だった。
「次は編成を組み直す。
対策を講じれば――攻略は可能だ」
強気というより、計算の結果。
希望的観測ではなく、現実を積み上げた上での結論。
この場の誰も、その言葉を軽いとは思っていない。
強い。
それも、現実を見失わない強さだ。
数字を隠さず、失敗を誤魔化さず、
それでも前に出ることを選ぶ。
エリシアは、知らず喉を鳴らした。
これが円卓。
英雄譚の中の集まりではない。
歌にされる瞬間だけを生きる者たちでもない。
勝利だけを語る場所ではなく、
敗北と損失を抱えたまま、次を考える場所。
それでも進むと決めた者たちの、現実の会議。
ふと、エリシアの視線が奥へ流れる。
円卓とは別に置かれた、ひとつの玉座。
他より一段高く、
しかし過剰な装飾は施されていない。
誰も座らず、誰も触れず、
それでいて、この場から切り離されてもいない。
(……空席のまま、そこにある)
第一席にはブラックツリーがいる。
円卓は、確かに機能している。
議題は進み、報告は交わされ、
決断を下せる者たちが、ここに揃っている。
それでも、玉座は埋まらない。
――王が不在であることを、
この部屋そのものが、静かに示しているようだった。
それなのに、会議は揺らがない。
(いないのに、成立している)
その事実が、エリシアの胸に重く沈んだ。
この人たちは、
誰かに依存しない覚悟で、この世界を支えている。
王がいなくとも、英雄が不在でも、
それでも崩れないようにと、己を律している。
次に語られる報告は、
きっと――この数字よりも、深い場所に触れる。




