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最強なのに表に出る気がない俺が、世界の裏側に立つギルドを作った話  作者: 月詠
第5章 切られた枝の、その先で

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第38話 幹は見ている

 拠点に戻った夜は、静かだった。


 戦いの余韻は、すでに外へ置いてきたはずなのに、胸の奥にだけ残っている。

 灯りを落とした拠点は、必要最低限の明かりだけで満たされていた。


 葉は、ここまでだった。


 拠点へ辿り着く前、協力者たちはそれぞれの帰路についた。

 引き留められることはなく、言葉も多くは交わされない。


 一礼だけを残し、彼らは夜へと溶けていった。


 誰もが疲弊していたが、それ以上に言葉を失っていた。

 身体ではなく、心が重い。


 誰かが欠けたという事実が、空気の中に沈殿している。


 否定も、言い訳もできない。

 ただ、そこにある現実だった。


 報告は簡潔だった。


 余計な感情は削ぎ落とされ、事実だけが淡々と並ぶ。


 敵の殲滅。

 人質。

 そして――切断。


 その言葉が落ちた瞬間、室内の空気がわずかに沈む。

 だが、誰も声を上げなかった。


 悠人は、最後まで口を挟まなかった。


 問いも、指摘もない。

 ただ、聞いていた。


 視線を伏せ、指を組み、静かに。

 感情を挟まず、評価もせず。


 まるで記録を取るように。

 だが、何一つ聞き逃さない姿勢で。


 ルシアは、それを横目で見ていた。


 視線を向けられてはいない。

 だが、見られていないとも感じなかった。


 言われないことは分かっている。

 叱責も、是非も、命令も。


 それでも――

 見られている、とは感じていた。


 報告が終わり、室内には沈黙だけが残る。


 音が消えたわけではない。

 ただ、誰も言葉を探さなくなっただけだ。


 やがて、二人きりになる。


 室内の空気が、わずかに変わる。

 張り詰めていたものが、別の重さへと沈んでいく。


「……その傷、どうした」


 淡々とした声。

 感情を挟まない、事実確認。


 ルシアは肩をすくめた。


「見て分かるじゃろ」


「分かるから聞いている」


 一拍。

 短い沈黙。


「こっちに来い」


 命令ではなかった。

 拒む余地もない声だった。


 ルシアが近づくと、悠人は迷いなく手を伸ばす。

 歪んだ魔力に触れ、静かに流れを整えていく。


「跡は残してくれ」


 低い声だった。


 悠人の手が、止まる。


「……なぜだ」


「この傷は、わしに対しての罰じゃ」


 そう言って、ルシアは視線を落とす。


「葉を守れんかった」

「奴らには、帰りを待つ者もおる」


 悠人は、何も言わなかった。


 ただ、距離を詰め、ルシアを抱き寄せる。

 背に手を置き、離さない。


 強くはない。

 だが、逃がさぬ抱擁だった。


 怯えた様子はなかった。

 だが、ルシアには分かっていた。


 ――悠人が、何を恐れているのか。


 確かに、自分は“不死”と呼ばれている。

 それは、死ねないという意味ではない。

 ただ――死ににくいだけだ。


 限界を越えれば、死ぬ。

 そして、その限界がどこにあるのかを、悠人は理解している。


 だからこそ、今は何も言えなかった。

 言葉にしてしまえば、それは“可能性”になる。


「大丈夫じゃ」


 ルシアは、静かに言った。


「どこにも行かん」


 そう言いながら、悠人の背に腕を回す。


 悠人は、それ以上何も言わなかった。


 正しいとも、間違っているとも言わない。

 慰めも、否定もない。


 ただ、理解している。


 あの場で、何が起きたのか。

 なぜ、その選択しかなかったのか。


 そして――

 それが、どれほど重いのか。


 枝は、切った。

 葉は、失われた。


 だが、幹は知っている。


 枝より冷たいのではない。

 枝より、重い。


 その沈黙が、夜を支えていた。


 夜は、深く静かに更けていく。


 失われたものは戻らない。

 だが――ここには、まだ残っているものがある。


 悠人は、それを手放さぬよう、

 ただ黙って、しばらくの間、抱きしめ続けていた。

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