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最強なのに表に出る気がない俺が、世界の裏側に立つギルドを作った話  作者: 月詠
第5章 切られた枝の、その先で

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第37話 残った者たち

 夜明け前。


 空はまだ青にもならず、

 黒と灰色の境目で止まっていた。


 拠点を離れた一行は、森の奥で足を止めている。

 撤収は、すでに終わっていた。

 追手の気配も、索敵に引っかかる反応もない。


 それでも、誰も口を開かなかった。


 風が、枝を揺らす音だけが続いている。


 倒れた葉の亡骸は、すでに弔われていた。

 簡素だが、手は抜いていない。

 土を掘り、身体を横たえ、土を被せる。


 目印も残した。

 戻ることはないと分かっていても、

 “消した”形にはしなかった。


 ――やるべきことは、終わっている。


 そう理解しているからこそ、

 次に何をすればいいのか分からなかった。


 空気は、重かった。


 残った二人の葉は、少し距離を取った場所に立っている。

 寄り添うことも、

 座り込むこともできない。


 足は止まっているのに、

 心だけが、まだ戦場に置き去りだった。


 視線は、地面を彷徨う。


 血の跡は、もう見えない。

 それでも、そこにあった光景だけは消えなかった。


 怒りは、なかった。


 誰かを睨むことも、

 責める言葉を探すこともない。


 ただ、手が震えていた。


 意識して力を入れても、止まらない。

 寒いわけではない。

 身体は、むしろ汗ばんでいる。


 それでも、歯が小さく鳴った。


 ――怖かった。


 理由は、それだけだった。


 あの距離。

 刃が喉に触れていた位置。

 声を出せば、終わっていた沈黙。


 目が合ったまま、

 現実だけが切り離された、あの瞬間。


 理解していたはずだった。

 覚悟も、準備も、していたつもりだった。


 だが、身体は正直だった。


 ゼルは、二人の様子を横目で見ていた。

 視線は向けるが、歩み寄らない。


 声は、かけない。


 慰めの言葉が、

 今は何の意味も持たないことを知っている。


 ルシアも同じだった。


 肩の傷が、じくじくと疼く。

 動かすたびに、違和感が残る。


 だが、それ以上に重いものが胸にあった。


 ――切ったのは、自分だ。


 判断だった。

 最善だった。

 間違いではない。


 そう理解している。


 それでも、

 その事実が軽くなることはない。


 しばらくして、

 ルシアが口を開いた。


「……帰るかの」


 声は低く、短い。


 命令ではなかった。

 促しでもなかった。


 ただ、次の行動を差し出しただけだ。


 葉の一人が、びくりと肩を揺らす。

 反射的な動きだった。


 もう一人は、俯いたまま動かない。

 靴先に、視線を落としたまま。


 やがて、

 かすれた声が零れ落ちる。


「……俺たち」


 言葉は、そこで止まった。


 続きが、出てこない。


 助けてほしかったのか。

 残りたかったのか。

 逃げたかったのか。


 自分でも、分からなかった。


 ルシアは、振り返らない。


「恨めとは言わん」


 静かに、告げる。


 声に、感情は乗せない。


「怖いなら、そう言えばよい」


 一拍。


「震えるのも、当然じゃ」


 それ以上は、言わなかった。


 正しさも、理由も、

 押し付ける気はない。


 葉は、唇を噛む。


 震えは、まだ止まらない。


 それでも――


「……それでも」


 声は、小さかった。


 風に紛れそうなほど、弱い。


「俺、残ります」


 言い切りではない。

 決意とも、覚悟とも言えない。


 ただ、絞り出した言葉だった。


 もう一人も、

 少し遅れて頷く。


「……逃げたら、一生戻れない気がして」


 理由は、それだけだった。


 復讐でもない。

 忠誠でもない。


 ここで背を向けた自分を、

 この先ずっと、許せなくなる気がした。


 ゼルが、短く息を吐く。


「好きにしろ」


 それだけ。


 引き止めもしない。

 称賛もしない。


 だが、拒絶はなかった。


 ルシアは、ようやく二人を見る。


 その目は、冷たくない。

 だが、甘くもない。


 現実を知る者の、まっすぐな視線だった。


「次は、守れんかもしれん」


 はっきりと言う。


 誤魔化さない。


「それでも、来るか」


 葉は、一瞬だけ迷い――


 小さく、頷いた。


「……はい」


 声は震えている。


 だが、足は引いていなかった。


 ブラックツリーは、組織だ。


 だが、冷たい場所ではない。


 守ることもある。

 切ることもある。


 その全てを隠さず、

 沈黙のまま差し出す。


 選ぶのは、いつも――

 残る者だ。


 夜が、少しだけ薄れていく。


 空の端に、淡い色が差し込む。


 残った者たちは、

 言葉を交わさないまま、歩き出した。

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