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最強なのに表に出る気がない俺が、世界の裏側に立つギルドを作った話  作者: 月詠
第5章 切られた枝の、その先で

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第36話 切るという選択

 ここから先は、引き返せない仕事だった。


 そう分かっていても、足は自然と前に出ていた。

 考える余地はない。

 考え始めた時点で、もう遅い。


 突入後、すぐに混戦となった。


 闇の中で刃が交差し、短い悲鳴が上がる。

 足音が重なり、壁際で何かが倒れる音が響いた。


 だが、それは拍子抜けするほど早く終わった。


 息を整える間もなく、静寂が訪れる。


「……あっさりしすぎじゃ」


 ルシアが、わずかに眉を寄せて周囲を見渡す。


 倒れている敵は少ない。

 抵抗らしい抵抗もなかった。


 敵は、想定より弱い。

 いや――弱すぎる。


「数も合わねえ」


 ゼルが言った、その瞬間だった。


「一人、いねえぞ」


 その一言で、空気が変わった。


 音が、消える。

 呼吸が、浅くなる。


 確認するまでもなかった。

 視線を走らせた全員が、同時に理解する。


 葉の一人が、姿を消している。


 気づいた、その時。


 奥の部屋から、足音がした。


 ゆっくりと。

 わざと聞かせるような、引きずる音。


 全員の意識が、そちらに集まる。


 姿を現したのは、男だった。


 そして――

 その腕の中。


 刃を喉元に当てられた、葉。


 一瞬、誰かが息を呑んだ。

 その音が、やけに大きく聞こえた。


「動くな」


 男の声は、荒れていない。

 焦りも、震えもなかった。


 むしろ、確信に満ちている。


「……やっぱり来たな、ブラックツリー」


 その名を、噛みしめるように口にする。


 ここに至るまで、

 何度も頭の中でこの瞬間をなぞってきたかのように。


「噂通りだ。

 早いし、容赦もない」


 一歩、前に出る。


 その動きに合わせて、

 刃が、わずかに喉へ沈む。


 葉の身体が、びくりと揺れた。


 それでも、声は出ない。


「安心しろ、すぐには殺さねえ」


 男は笑わない。

 勝ち誇る様子もなかった。


「お前らは仲間を見捨てない。

 それだけは、分かってる」


 ゼルが、無意識に踏み出しかけ――止まる。


 距離が、近すぎる。

 射線が、通らない。


 斬れば、確実に巻き込む距離だった。


「だからだ」


 男は、ゆっくりと言葉を重ねる。


 一つ一つ、確かめるように。


「こいつが殺されたくなかったら、

 大人しく殺されろ」


 沈黙。


 夜の奥で、風が鳴った。


「お前らが死ねば、もう怖いものはない」


 ゼルは、歯を食いしばった。


 考えてしまう。

 距離。

 角度。

 成功率。


 ――どれも、足りない。


 葉は、何も言わなかった。


 声を出せば、何かが壊れると知っているように。

 あるいは、もう壊れていると理解しているかのように。


 その視線が、ルシアと重なる。


 一瞬。


 言葉はない。


 だが、確かに伝わった。


 ――分かっています。

 ――覚悟しています。


 それは恐怖ではなく、

 責任を受け取った目だった。


 ルシアは、静かに息を吐いた。


「……そうか」


 小さく、呟く。


 その声には、迷いはなかった。


 次の瞬間。


 ルシアが、踏み込んだ。


「な――」


 男の声が、途中で途切れる。


 一閃。


 刃は、一直線だった。


 敵も。

 人質も。


 まとめて、斬った。


 血が、床に落ちる。


 音は、それだけだった。


 男は倒れ、

 葉も、崩れ落ちる。


 ゼルが、歯を食いしばる。


「……ルシア」


「選んだだけじゃ」


 ルシアは、振り返らない。


「遅れれば、全滅じゃった」


 葉は、動かない。


 だが――

 その表情は、恐怖ではなかった。


 納得だった。


 理解して、受け入れた顔だった。


 静寂が、拠点を包む。


 誰も、すぐには動けなかった。


 これが、現実だ。


 守れない時が来る。

 切らなければ、全てが枯れる時が来る。


 その判断を、枝は下した。


 初めて。


 夜が、深く沈んでいく。

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