第33話 切られなかった葉
切られなかった葉は、その後もしばらく眠れなかった。
助かった。
生きている。
事実はそれだけなのに、胸の奥に残った違和感が消えない。
あの夜、血を浴びたのは枝だけだった。
自分たちは、ただ指示に従い、守られて、帰ってきた。
それが正しい形なのだと、頭では分かっている。
それでも――。
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翌日。
簡易拠点の奥、幕で仕切られた一角で、ルシアが金貨の入った袋を並べていた。
数を数え、重さを確かめ、何事もなかったかのように頷く。
「今回の報酬じゃ」
淡々とした声だった。
「金貨三百。
加えて、口止め料。
証言の破棄。
万が一の際の――」
一拍、間を置く。
「罪の引き受け」
葉たちの肩が、わずかに強張った。
「罪……ですか」
誰かが小さく問い返す。
「うむ」
ルシアは否定も強調もしない。
「黒寄りの依頼には、必ず含まれる」
金貨を一つ、指先で弾く。
「討伐の名目で人を殺す。
それが露見すれば、責任の所在が要る」
「商会は、切り捨てる。
貴族は、知らぬ顔をする」
横で聞いていたゼルが補足する。
「だから、最後に残るのは俺たちだ」
「ブラックツリーが、引き受ける」
ルシアは頷いた。
「黒寄りとは、そういう仕事じゃ」
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葉の一人が、思い切って口を開いた。
「……金だけ、じゃないんですね」
「当たり前じゃろう」
ルシアは少女の顔で、穏やかに笑う。
「金は、表向きの値段。
本当の値段は、別にある」
指を折りながら数える。
「口を閉ざすこと。
罪を背負うこと。
場合によっては――」
視線が、葉たち一人一人をなぞる。
「切られること」
空気が、冷えた。
「それも、報酬の内じゃ」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
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「正義に値段が付くならの」
ルシアは、金貨袋を結びながら言う。
「黒にも、当然値段がある」
「安くはない。
だが、誰かが払わねばならん」
焚き火の残り火が、ぱちりと弾けた。
「払わなければ、もっと多くが燃える」
その言葉は、説教ではなかった。
事実を述べているだけだった。
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ゼルが壁にもたれかかり、腕を組む。
「勘違いするな」
「俺たちは、金のためだけにやってるわけじゃない」
「だが、金がなきゃ続かない」
「黒寄りは、綺麗事でやる仕事じゃねえ」
葉の一人が、唇を噛む。
「……それでも、守ってくれるんですよね」
一瞬の沈黙。
ゼルは、すぐには答えなかった。
その代わり、ルシアが口を開いた。
「守るとも」
だが、続いた言葉は柔らかくなかった。
「ただの。
守られておるだけでは、意味がない」
葉が、息を呑む。
「守られることに慣れた葉は、
いざという時、自分で立てん」
「それでは、枝が折れた瞬間に終わりじゃ」
ルシアの視線は、責めるものではなかった。
だが、逃げ道も与えなかった。
「できる限りは、守る」
ゼルが、低く続ける。
その言葉に、条件が付いていることを
葉たちは、はっきりと理解した。
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「枝は、万能ではない」
ルシアが、静かに言う。
「守れる数には限りがある。
間違えることもある」
「それでも」
視線が、真っ直ぐに向けられる。
「枝は、責任を放棄せん」
「切るなら、覚悟して切る。
守るなら、折れる覚悟で守る」
葉たちは、言葉を失った。
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説明は、それで終わりだった。
金は分配され、依頼は「完了」として処理される。
いつも通りの流れ。
だが、誰の胸にも残るものがあった。
黒寄りの値段は、金貨の数では測れない。
支払われるのは、命であり、選択であり、覚悟だ。
そして――。
それを最初に支払うのは、いつだって枝なのだと。
葉は、その背中を見送ることしかできない。
その背中が、
いつまでも折れないものだと、
まだ信じて。




