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最強なのに表に出る気がない俺が、世界の裏側に立つギルドを作った話  作者: 月詠
第5章 切られた枝の、その先で

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第33話 切られなかった葉

 切られなかった葉は、その後もしばらく眠れなかった。


 助かった。

 生きている。


 事実はそれだけなのに、胸の奥に残った違和感が消えない。


 あの夜、血を浴びたのは枝だけだった。

 自分たちは、ただ指示に従い、守られて、帰ってきた。


 それが正しい形なのだと、頭では分かっている。

 それでも――。


 翌日。

 簡易拠点の奥、幕で仕切られた一角で、ルシアが金貨の入った袋を並べていた。


 数を数え、重さを確かめ、何事もなかったかのように頷く。


「今回の報酬じゃ」


 淡々とした声だった。


「金貨三百。

 加えて、口止め料。

 証言の破棄。

 万が一の際の――」


 一拍、間を置く。


「罪の引き受け」


 葉たちの肩が、わずかに強張った。


「罪……ですか」


 誰かが小さく問い返す。


「うむ」


 ルシアは否定も強調もしない。


「黒寄りの依頼には、必ず含まれる」


 金貨を一つ、指先で弾く。


「討伐の名目で人を殺す。

 それが露見すれば、責任の所在が要る」


「商会は、切り捨てる。

 貴族は、知らぬ顔をする」


 横で聞いていたゼルが補足する。


「だから、最後に残るのは俺たちだ」


「ブラックツリーが、引き受ける」


 ルシアは頷いた。


「黒寄りとは、そういう仕事じゃ」



 葉の一人が、思い切って口を開いた。


「……金だけ、じゃないんですね」


「当たり前じゃろう」


 ルシアは少女の顔で、穏やかに笑う。


「金は、表向きの値段。

 本当の値段は、別にある」


 指を折りながら数える。


「口を閉ざすこと。

 罪を背負うこと。

 場合によっては――」


 視線が、葉たち一人一人をなぞる。


「切られること」


 空気が、冷えた。


「それも、報酬の内じゃ」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。



「正義に値段が付くならの」


 ルシアは、金貨袋を結びながら言う。


「黒にも、当然値段がある」


「安くはない。

 だが、誰かが払わねばならん」


 焚き火の残り火が、ぱちりと弾けた。


「払わなければ、もっと多くが燃える」


 その言葉は、説教ではなかった。

 事実を述べているだけだった。



 ゼルが壁にもたれかかり、腕を組む。


「勘違いするな」


「俺たちは、金のためだけにやってるわけじゃない」


「だが、金がなきゃ続かない」


「黒寄りは、綺麗事でやる仕事じゃねえ」


 葉の一人が、唇を噛む。


「……それでも、守ってくれるんですよね」


 一瞬の沈黙。


 ゼルは、すぐには答えなかった。


 その代わり、ルシアが口を開いた。


 「守るとも」


 だが、続いた言葉は柔らかくなかった。


 「ただの。

 守られておるだけでは、意味がない」


 葉が、息を呑む。


 「守られることに慣れた葉は、

 いざという時、自分で立てん」


 「それでは、枝が折れた瞬間に終わりじゃ」


 ルシアの視線は、責めるものではなかった。

 だが、逃げ道も与えなかった。


「できる限りは、守る」


 ゼルが、低く続ける。


 その言葉に、条件が付いていることを

 葉たちは、はっきりと理解した。



「枝は、万能ではない」


 ルシアが、静かに言う。


「守れる数には限りがある。

 間違えることもある」


「それでも」


 視線が、真っ直ぐに向けられる。


「枝は、責任を放棄せん」


「切るなら、覚悟して切る。

 守るなら、折れる覚悟で守る」


 葉たちは、言葉を失った。



 説明は、それで終わりだった。


 金は分配され、依頼は「完了」として処理される。

 いつも通りの流れ。


 だが、誰の胸にも残るものがあった。


 黒寄りの値段は、金貨の数では測れない。

 支払われるのは、命であり、選択であり、覚悟だ。


 そして――。


 それを最初に支払うのは、いつだって枝なのだと。


 葉は、その背中を見送ることしかできない。


 その背中が、

 いつまでも折れないものだと、

 まだ信じて。

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