第32話 黒寄りの依頼
その依頼は、最初から「黒寄り」だった。
国境沿いで動く盗賊団の壊滅。
表向きは討伐依頼だが、実態は違う。
団の首領と幹部――
生かしておけば面倒になる人間を、確実に消すこと。
依頼主は名を伏せた商会。
だが裏で糸を引いているのが、どの貴族かは察しがついた。
金は十分。
証拠は不要。
後腐れもない。
ブラックツリーでは、こういう仕事を黒寄りの依頼と呼ぶ。
暗殺。
違法。
表に出せない調整。
そういった役目は、自然と決まった枝が請け負う。
ルシアとゼルだ。
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夜、焚き火の前に集まっていたのは四人。
ルシアとゼル。
そして二人が使う“葉”が二人。
葉たちは緊張を隠せずにいた。
「……固いのう」
焚き火の向こうで、ルシアが首を傾げる。
外見は幼い少女。
だが声には、長い時間が滲んでいた。
「今回の相手、そこそこ面倒だからな」
ゼルが肩をすくめる。
「黒寄りだ。
失敗したら、後がうるさい」
葉の一人が、唾を飲み込んだ。
「怖いかの?」
ルシアが尋ねる。
「……いえ」
正直な答えだった。
「ただ、足を引っ張ったらと」
「ふむ」
ルシアは焚き火に小枝を投げ入れる。
ぱち、と火花が散った。
「安心せい。
失敗するのは、お主らではない」
葉たちが顔を上げる。
「失敗したなら、それは枝の責任じゃ」
静かな断言。
「葉は、枝が使う道具。
道具が壊れたなら、使い方を誤った手が悪い」
「相変わらず極端だな」
ゼルが苦笑する。
「事実なのじゃ」
ルシアは笑わない。
「葉を使うとは、命を預かるということ。
軽く扱えるわけがなかろう」
立ち上がり、二人の葉を見下ろす。
「今回の仕事、お主らは前に出るな。
囮と制圧補助、それだけでよい」
「ですが――」
「それ以上は、枝の役目じゃ」
はっきりと言い切る。
「生き残れ。
生きて帰れ。
それが、お主らの仕事なのじゃ」
葉たちは、深く頭を下げた。
そこに疑念はなかった。
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戦闘は、短かった。
夜を裂く影。
最初に倒れたのは見張り。
続いて、本隊。
前に出たのは、ルシアとゼルだけ。
「遅いのう」
小さな体が、闇を跳ぶ。
一閃。
首が落ちる。
「容赦ねえな」
「枝が血を被らねば、葉が汚れるからの」
それが、彼女の理屈だった。
汚れ仕事は枝が引き受ける。
葉は守る。
ブラックツリーの流儀だ。
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全てが終わった後。
「……ありがとうございました」
葉の一人が、震える声で言った。
「礼などいらん」
ルシアは血の付いた刃を拭う。
「使っただけじゃ」
そして、ふっと笑う。
「だがの」
その笑みは、少女のものではなかった。
「使い潰す気は、毛頭ない」
ブラックツリーは、木だ。
幹がいて、枝があり、葉がある。
葉は切られることもある。
だがそれは、軽いからではない。
枝が、覚悟を持って振るった結果だ。
夜明け前の森に、静寂が戻る。
枝は、今日も折れなかった。




