第30話 正義が負けた日
知らせは、報告という形で届いた。
淡々と。
事実だけを並べる声で。
村が焼かれたこと。
反抗の兆しが見えた者から順に、見せしめが行われたこと。
若い者が連れて行かれ、戻らなかったこと。
数字と状況だけが、整然と机に並ぶ。
ノアの声は、いつも通りだった。
「以上が、現地からの確認内容です」
ノアの声は淡々としていた。
それは無関心ではない。
感情を判断に混ぜないことこそが、彼女に与えられた役割だった。
セナは、黙って聞いていた。
拳を握りしめ、爪が食い込んでいる。
「……それで?」
声が、震えた。
「それで終わり?」
誰も、すぐに答えなかった。
答えは、もう出ているからだ。
「守られなかった、ってことだよね」
言葉にしたのは、セナだった。
自分で理解している。
だからこそ、抑えが効かない。
「私たちが、行かなかったから」
椅子を蹴る音が、部屋に響いた。
「悠人!」
振り返る。
「知ってたでしょ! こうなるって!」
悠人は、否定しない。
「知ってた」
即答だった。
セナの目が、大きく見開かれる。
「……っ!」
「だから選んだ」
その一言が、火に油を注いだ。
セナは歩み寄り、胸ぐらを掴む。
「人が死んだんだよ!」
声が、掠れる。
「守れたかもしれない人たちが……!」
涙が、落ちた。
怒りと悲しみが、区別できないまま溢れてくる。
悠人は、抵抗しなかった。
引き剥がそうともしない。
「逃げないでよ……」
セナの声が、小さくなる。
「責任、感じてないの……?」
悠人は、ゆっくりと息を吐いた。
「感じてる」
セナの手が、止まる。
「全部だ」
視線を逸らさず、続ける。
「守られなかった理由も、選ばなかった理由も、
その先で起きることも」
だから、と。
「俺は、選んだことを後悔してない」
セナの手が、力を失って落ちる。
「……最低」
それだけ言って、顔を覆った。
エリシアは、少し距離を置いて立っていた。
感情に飲まれきれない位置。
「悠人」
静かな声。
「あなたは、“正しい”とは思っていないのね」
悠人は、首を横に振る。
「思ってない」
「でも、“必要”だとは思っている」
「そうだ」
エリシアは、目を閉じた。
理解しようとしている。
納得はしていない。
「……これは、あなた個人の価値観?」
悠人は、少しだけ間を置いた。
「違う」
その答えに、ノアが視線を上げる。
「ブラックツリーとしての判断だ」
エリシアは、眉を寄せる。
「つまり……」
「俺が冷たいからじゃない」
悠人は、はっきりと言った。
「そうしないと、俺たちは立っていられない」
セナが、嗚咽を噛み殺す音がする。
納得できない。
でも、聞こえてしまった。
「もし今回、感情で動いていたら?」
エリシアが問う。
「次は? その次は?」
悠人は、答えない。
代わりに、ノアが口を開く。
「前例になります」
事務的な声。
「ブラックツリーは、条件を覆すと認識される」
アスカが、短く付け足す。
「舐められる、ってやつ」
空気が、重くなる。
セナは、俯いたまま呟いた。
「……じゃあ、私たちは」
震える声。
「何もできないの?」
悠人は、即答しなかった。
その沈黙が、答えに近い。
「“できない”わけじゃない」
ようやく、そう言う。
「でも、それには」
言葉を切る。
「今の対価じゃ、足りない」
エリシアは、その意味を理解した。
これは、個人の冷酷さではない。
もっと大きな――
抗えない“仕組み”の話だ。
セナは、涙を拭った。
顔はまだ、ぐしゃぐしゃだ。
「……それ、誰が決めたの」
悠人は、静かに答える。
「世界だ」
その言葉は、あまりにも重かった。
部屋に、沈黙が落ちる。
正義は負けた。
だが、それは一度きりの話ではない。
この先も、何度でも繰り返される。
そう予感させるには、十分だった。




