第3話 おいていけない理由
朝の光が、宿の窓から差し込んでいた。
目を覚ました私は、しばらく天井を見つめていた。
身体は重くない。痛みもない。
――右腕も、ある。
昨夜の出来事が、夢ではなかったと理解した瞬間、胸の奥がざわついた。
カミと言う存在。
そして、悠人という男。
あれほどの攻撃を、基礎魔法で受け止める人間。
あり得ない。常識の外側にいる。
「……起きてる?」
ノックもなく、セナが顔を出した。
「朝よ。出発するけど」
「出発?」
「ええ。長居する理由もないでしょ」
淡々とした言い方。
昨日と同じ、何でもない日常の延長のような態度。
私は身体を起こし、意を決して聞いた。
「……私、どうなるの?」
セナは一瞬だけ考え、肩をすくめる。
「それは、あなた次第よ」
「悠人は?」
「まだ下、朝の準備してる」
1階から物音が聞こえる。
鍋の音、火を扱う気配。
なぜだか、その音が妙に現実的で――
昨夜の恐怖との差に、少しだけ安心した。
⸻
宿の裏手。
簡単な朝食を用意している悠人を、私はじっと見ていた。
強者の威圧感はない。
魔力も抑えられている。
どこにでもいそうな旅人。
――なのに、なぜか世界の理から外れているような気がする。
「……どうした?」
視線に気づいた悠人が、こちらを見て微笑んだ。
「聞きたいことがある」
「どうぞ」
簡潔な返事。
「あなたといれば……私は、もっと強くなれる?」
一瞬、セナがこちらを見る。
悠人は、少しだけ目を細めた。
「なりたいのか?」
「……なりたい」
即答だった。
新大陸で引き返そうとした理由。
限界を感じた自分の弱さ。
あのままでは、いずれ死ぬ。
生き延びたとしても、何も変わらない。
「今のままじゃ、届かない」
私は、はっきり言った。
「昨日、分かった。
あれを見て、それでも前に立てる人間がいるなら――
私は、その場所を知りたい」
悠人は、少し考える素振りを見せた。
「……強くなる方法を知りたいのか?」
「そう」
即答。
セナが鼻で笑う。
「欲張りね。普通なら、助かったってだけで満足するものよ」
「普通じゃ、足りない」
私は視線を逸らさなかった。
「私は、強くなりたい。
ただそれだけ」
悠人はしばらく沈黙したあと、鍋を火から下ろした。
「強くなるのは、大変だぞ」
「覚悟はある」
「それに、俺が鍛えたからと言って強くなれるとは限らない」
「それでも、何もしないでよりはいい」
ほんの一瞬。
悠人の口元が、わずかに歪んだ。
「……セナ」
「なに?」
「面倒見る余裕、あるか?」
「あるわけないでしょ」
即答。
でも、続けて肩をすくめた。
「でもまあ……
放っておいたら死ぬ子なのは確かね」
悠人は私を見る。
「一つだけ言っておく」
「?」
「俺は、手加減しない」
その言葉に、恐怖はなかった。
むしろ――胸が、少し高鳴った。
「それでいい」
悠人は、軽く息を吐いた。
「……じゃあ、ついてくるといい」
「正式に?」
「仮だ」
あくまで、仮。
それでも。
「ブラックツリーは甘くないぞ」
「承知してる」
悠人は立ち上がり、背を向けた。
「まずはセントラルだ。
新大陸での冒険は、一時中断だ」
――セントラル。
円卓の騎士が治める、王のいない国。
そして、ブラックツリーの本拠地。
私は、知らないうちに笑っていた。
引き返したはずの旅路は、
いつの間にか――
ブラックツリーという名の深淵へ、続いていた。




