第27話 値札の付いた依頼
ブラックツリーの拠点に、ひとつの依頼が流れ込んだのは、街が眠り始める時間帯だった。
情報結晶が静かに明滅し、ノアが内容を読み上げる。
「南西部、山間部の村。隣接する小国家からの圧政。徴税の名目で兵が駐留、住民の拘束あり」
声は淡々としている。
だが、並べられた単語はどれも重い。
「村の規模は小。人口二百前後。抵抗手段なし。依頼主は村長代理」
いわゆる“正義側”の依頼だった。
セナは思わず眉をひそめる。
「それ、放っておいたら……」
「被害は拡大します」
ノアが言葉を継いだ。
「ただし、介入成功率は七割。問題はその後です」
情報板に、追加の数字が浮かぶ。
「介入後、隣国との関係悪化。報復の可能性。再侵攻の確率三五%。長期的な警戒コストが高い」
アスカが横から覗き込み、小さく息を吐いた。
「典型的だね。正しいけど、安い」
誰かを挑発するでもなく、事実としての一言だった。
提示された報酬額は、確かに“ギリギリ”だった。
赤字ではない。
だが、余裕もない。
「この金額だと、派遣は一組。短期解決前提になります」
ノアが続ける。
「逃げ場なし。再発した場合、次回は無償に近い対応になる可能性が高い」
「感情で値段を決めてる」
アスカが肩をすくめた。
「助けたい気持ちは分かる。でも、助けた“後”の値段を、誰も払わない」
セナは黙り込んだまま、情報板を見つめていた。
理屈は理解できる。
計算も、間違っていない。
それでも、胸の奥に引っかかるものがある。
「……それでもさ」
言いかけて、言葉を飲み込む。
悠人はまだ何も言っていなかった。
椅子に深く腰掛け、指先で情報をスクロールしている。
視線は内容ではなく、数字に向けられていた。
「報酬の内訳は?」
「前金三割。成功報酬七割。失敗時の補償なし」
「交渉余地は」
「ほぼありません。これが限界です」
ノアは一拍置いて、付け加えた。
「この条件なら、他のギルドも同じ判断をします」
その言葉は、慰めでも、突き放しでもなかった。
ただの事実だった。
悠人は一度だけ頷いた。
即答しない。
だが、迷っている様子もない。
その態度に、セナは少しだけ安心してしまう。
――まだ、考えてくれている。
そう思いたかった。
「悪くはない依頼だ」
悠人が言った。
否定でも、肯定でもない言い方だった。
「ただし」
その一言で、場の空気がわずかに引き締まる。
「値段が付いている。そこを忘れるな」
ノアが静かに補足する。
「ブラックツリーは、依頼を“救済”として扱いません」
「全部、案件」
アスカが淡々と言った。
「並べて、比べて、選ぶ。それだけ」
セナは、その言葉に小さく息を呑んだ。
“並べる”。
村と、国家と、金額と、人の命を。
同じ棚に。
理解できてしまうのが、怖かった。
「……まだ、決めないんだよね?」
セナの問いに、悠人は視線を上げる。
「ああ」
短い返事。
「判断材料が足りない」
その言葉は、どこまでも冷静だった。
だが、その“足りないもの”が何なのかを、誰も口にしなかった。
情報結晶が、再び淡く光る。
別の依頼が、届き始めている。
同じ地域。
同じ問題。
ただし、条件が違う。
値段も。
セナは、それに気づいてしまい、胸の奥がざわついた。
この正義は、まだ棚の上にある。
だが、上書きされる余白も、確かに残っていた。




