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最強なのに表に出る気がない俺が、裏から世界を牛耳るギルドを作った話  作者: 月詠
第4章 値段のついた正義

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第26話 ブラックツリーの日常

 その日、世界はまだ壊れていなかった。

 少なくとも――ブラックツリーの中では。


 拠点には、朝と夜の区別がない。


 正確に言えば、外では太陽が昇り、沈み、また昇っているのだろう。

 だが、拠点の中枢に限っては、そのリズムに合わせる理由が存在しなかった。


 石壁に刻まれた無数の魔術陣は、昼夜を問わず淡く光り続け、

 天井から垂れ下がる情報結晶は、脈打つように明滅を繰り返している。


 遠方の街。国家。戦場。

 依頼、噂、価格変動、同業ギルドの動向――

 それらは一本の川のように流れ込み、分解され、整理され、再び吐き出されていく。


 忙しさはある。

 だが、切迫感はない。


 ここにいる者たちは皆、この異常な環境に慣れきっていた。


「次、東部沿岸。商船護衛。条件は――」


 ノアが淡々と声を上げる。

 手元の情報板には、依頼内容よりも先に、金額、期間、違約条件が並んでいた。


「却下」


 即座に返したのは、隣に立つアスカだった。

 視線すら情報板から離さない。


「理由」


「条件が悪い。途中解約不可、補償なし、成功報酬のみ。失敗時の責任がこっち持ち」


「内容は?」


「海賊被害が増えてる。被害者多数。正義側」


 ノアは、事実だけを並べる。


 アスカは小さく肩をすくめた。


「条件が悪い依頼は、だいたい感情が高い」


 その言葉に、ノアはただ一度、短く頷いた。


 ブラックツリーでは、依頼を“中身”で測らない。


 国か、村か。

 正義か、悪か。


 そういった区別は、最初から判断基準に含まれていない。


 見るのは条件。数字。責任の所在。継続性。


 感情が入り込む余地を、意図的に排除している。


 だからこそ、彼らは二人一組で動く。


「次は北方の遺跡調査。報酬は中、危険度は――」


「分散可能」


 ノアが言うと、アスカが即座に補足する。


「二人で割れる。一点集中しない」


「価値が散る。悪くない」


 この“二人一組”の原則は、安全のためではない。

 誰かが倒れたときの保険でもない。


 価値の分散。

 成果も、責任も、判断も。


 一人に背負わせないための思想だった。


 その喧騒を背に、悠人はすでに街へ出ていた。


 夜の繁華街。

 灯りは派手で、人の声は騒がしい。


 彼は迷うことなく、高級店の扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


 店主が一瞬だけ身構えるのを、悠人は見逃さなかった。


 内装。客層。置かれている酒の銘柄。

 値札を見る前に、この店の“格”を把握する。


「これを」


 指差したのは、棚の最上段。

 希少酒だった。


「お値段は――」


「いい」


 悠人は、値段を聞かない。

 だが、払えないものを選ぶこともない。


 金を使うことに躊躇はないが、浪費はしない。

 彼にとって金は、感情の代替でも、欲望の象徴でもなかった。


 世界を見るための、基準だ。


「……また、随分使ってるわね」


 店の外で待っていたセナが、半ば呆れたように言う。


「必要だから」


「必要?」


「この街の情報は、高い酒の方が正確だ」


 そう言って、悠人は袋を手渡す。


 セナは文句を言いかけて、やめた。


 胸に浮かんだ感情は、嫉妬と呼ぶにはまだ曖昧で、

 不安と呼ぶには、少しだけ温度が足りなかった。


 楽しそうだ。

 自由そうだ。

 少しだけ、遠い。


 ブラックツリーの日常は、表面だけを見れば合理的で、賑やかで、どこか羨ましい。


 だが、その中心にある価値観は、誰にも優しくない。


 それでも今は、まだ誰も傷ついていない。


 だからこそ、読者も、彼ら自身も、気づかないふりができる。


 ――この日常が、

 いつか“値段”で壊れる日が来ることを。

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