後日談 ダンジョン〜鏡界の真実〜
ダンジョン――
鏡界の深淵は、崩壊していなかった。
最深部到達後、多くのダンジョンがその役目を終え、崩れ落ちる。
それが常識だった。
だが、このダンジョンは違った。
宝物庫は健在。
魔力の流れも安定している。
まるで、
「次に来る者」を待っているかのように。
その理由を、エリシアが知ったのは数日後のことだった。
⸻
場所は、セントラル。
白銀血盟騎士団の詰所。
エリシアは、悠人の隣で静かに座っていた。
対面にいるのは、
白銀血盟騎士団団長――
騎士団の全ての権利を握る男が、静かに書類を閉じた。
年若くはないが、
纏う空気には一切の隙がない。
「――話は聞いた」
団長は、短くそう切り出した。
「鏡界の深淵。
侵入者を模倣する守護機構を持つダンジョン」
机の上に置かれた数枚の報告書。
それは、生還した騎士たちの証言だった。
「先遣隊の生き残りは少なかったが、情報は十分だった。
敵は“同じ力を持つ存在”。
正攻法では突破できない」
団長は、悠人に視線を向ける。
「侵入前に、君から話があった」
「ああ」
悠人は、いつも通り淡々と答えた。
「このダンジョンは、
個の強さを測る場所じゃない」
「選択を誤れば、
どれだけ強くても折れる」
団長は、わずかに口元を緩めた。
「だから我々は、編成を組み直した」
模倣を前提とした役割分担。
同一行動を避ける戦術。
“勝たない”ことを前提とした撤退判断。
「侵入は、これからだった」
つまり――
エリシアたちは、
その前に踏み込んだということだ。
「条件は一つだった」
団長は続ける。
「ダンジョンを壊さないこと」
そして。
「ドロップ品――
いや、最深部の宝物庫から得たアーティファクトと
同等の価値を持つ物を、
再び設置することでダンジョンの崩壊を防ぐこと」
エリシアは、無意識に自分の杖を見た。
グラヴィス・ノクス。
重力魔法を内包した、選ばれる杖。
「鏡界の深淵は、セントラルの管理とする」
「騎士団が優先的に使用し、
訓練所として活用する」
模倣体という特性上、
これ以上ない実戦訓練場になる。
エリシアは、静かに息を吐いた。
(……全部、決まってた)
悠人が、
“ぴったりだ”と言った理由。
騎士団が、
まだ動いていなかった理由。
そして――
ダンジョンが、壊れなかった理由。
全ては、繋がっていた。
「君は」
団長の視線が、エリシアに向く。
「王族のアーティファクトを返納したそうだな」
「はい」
迷いはなかった。
「これからは、
この杖が相棒です」
団長は、しばらく彼女を見つめ、
やがて、ゆっくりと頷いた。
「いい顔になった」
それだけだった。
⸻
詰所を出た後、
二人は並んで歩いていた。
「……最初から、知ってたんだよね」
エリシアが言う。
「このダンジョンが、
私にとって何になるか」
「予想はしてた」
悠人は否定しなかった。
「でも、選ぶのはエリシアだ」
杖を捨てるか。
逃げるか。
それとも、誤魔化すか。
「俺は、答えを言わない役だから」
エリシアは、小さく笑った。
「意地悪」
「よく言われる」
歩きながら、エリシアは杖を握る。
グラヴィス・ノクスは、
まだ完全には応えてくれない。
だが、それでいい。
「私ね」
ぽつりと、言った。
「強くなりたい、って思ってた」
「でも今は」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「……自分を誤魔化さずにいたい」
悠人は、足を止めずに言った。
「それが、一番難しい」
「でも、一番強い」
エリシアは、空を見上げた。
試練は、終わった。
だが――
物語は、まだ先へ続いている。
次に待つのは、
選ばなかった未来か。
それとも――
別の“試される場所”か。
その答えは、
まだ、鏡の向こう側にある。




