第24話 勝利と代償
魔法が、広間を満たした。
制御は荒い。
効率も悪い。
だが――
そこに迷いはなかった。
模倣体は、防御に入ろうとして――
ほんの一瞬、動きを止めた。
判断が、遅れた。
杖を捨てたエリシアに対して、
模倣体は、まだ「正解の手順」を探している。
安全な選択。
確実な動き。
だがそれは、
もう存在しない。
エリシアの魔法が、
正面から叩き込まれる。
衝撃。
模倣体の身体に、
ひびが走った。
それは、
力負けの音ではない。
「選べなくなった」存在が、
崩れる音だった。
最後に、
模倣体はエリシアを見た。
責めるでもなく、
羨むでもなく。
ただ、
そこに辿り着いた事実だけを映して。
次の瞬間、
模倣体は静かに砕け散った。
⸻
広間に、静寂が戻る。
張り詰めていた魔力が、
ゆっくりと引いていく。
エリシアは、その場に膝をついた。
息が、重い。
身体よりも、心の方が消耗していた。
「……終わった、か」
少し離れた場所で、
悠人がそう呟いた。
剣は抜いていない。
ただ、最後まで立ち会っていた。
エリシアは、頷く。
「うん……勝った」
それは、確かな実感だった。
だが。
視線が、
床に転がる杖へ向く。
王族のアーティファクト。
長年、自分を守り、
導いてきた力。
それを――
戦いの中で、捨てた。
悠人は、何も言わない。
その沈黙が、
「正しかった」と語っていた。
⸻
広間の奥。
今まで見えなかった場所に、
石の扉が現れていた。
装飾のない、
簡素な扉。
ダンジョン最深部――宝物庫。
エリシアが近づくと、
重い音を立てて扉が開く。
中には、
一つだけがあった。
杖。
細身で、黒を基調とした造形。
装飾は少ない。
だが、
魔力が「沈んでいる」。
暴れない。
主張しない。
ただ、
待っている。
(……試されてる)
力を与える杖じゃない。
使い手を選ぶ杖。
エリシアは、
一歩、踏み出した。
今度は、
迷わない。
手を伸ばし、
杖を握る。
その瞬間、
重力が、応えた。
引き寄せるでもなく、
拒むでもなく。
“釣り合った”という感覚。
「……グラヴィス・ノクス」
名が、
自然と浮かぶ。
夜の重力。
沈黙の重み。
王族の杖とは、
まったく違う感触。
だが――
これは、逃げ道をくれない。
それが、
今の自分に必要だと分かっていた。
⸻
空気が軽い。
魔力の圧もない。
エリシアは、
新しい杖を手にしたまま、
一度だけ、振り返る。
そして――
もう一つの杖を拾い上げた。
「……返そう」
悠人が、視線を向ける。
「決めたか」
「うん」
エリシアは、はっきりと答える。
「もう、必要ない」
「王族の杖も……その肩書きも」
それは、
力を失う選択ではない。
“守られている自分”を、
脱ぐ選択だった。
王族というベールを、
ここに置いていく。
悠人は、何も言わず、
ただ歩き出す。
エリシアも、並ぶ。
手にあるのは、
グラヴィス・ノクス。
与えられた力じゃない。
選び取った相棒。
強くなりたいから、ではない。
自分を誤魔化さずに、
前に進むための杖。
その重みを確かめながら、
エリシアは歩き出した。
試練は終わった。
だが――
本当の旅は、ここからだった。




