第20話 ダンジョン侵入
ダンジョンの入口は、思っていたよりも静かだった。
封鎖された渓谷の奥。
岩肌に穿たれた大穴は、人工物とも自然物ともつかない歪さをしている。
エリシアは、足を踏み入れる前に一度だけ深く息を吸った。
(……空気が、違う)
鼻腔をくすぐるのは、濃い魔力の匂い。
それ自体は、珍しくない。
だが――
(重い……のに、騒がしくない)
普通のダンジョンなら、入口付近はもっと“ざわつく”。
魔物の気配、罠の警戒、魔力の乱流。
ここには、それがない。
あるのは、均一に満ちた魔力だけ。
まるで、最初から整えられていたかのような――不自然な静けさ。
「……嫌な感じだな」
エリシアが呟くと、少し後ろで悠人が足を止めた。
「そう感じるなら、正常だ」
それだけ言って、先に進む。
安心させる言葉ではなかったが、
否定もされなかった。
エリシアは、意識を切り替える。
(考えすぎるな。まずは、敵の確認)
数歩進んだところで、魔物が現れた。
獣型。
魔力反応は高い。
強い。
だが――
「……倒せる」
そう判断した直後、身体が動いていた。
詠唱。
展開。
魔法が、迷いなく発動する。
魔物は抵抗する間もなく倒れ伏した。
手応えは、ある。
力不足でもない。
それなのに。
(……簡単すぎる)
いや、違う。
(“予定通り”すぎる)
次の魔物も、同じだった。
強度は高いが、想定内。
戦術も、読みやすい。
エリシアは、無意識に杖を握り直している自分に気づいた。
(この感覚……)
違和感の正体が、少しずつ輪郭を持ち始める。
戦闘が、噛み合いすぎている。
敵の動き。
自分の判断。
魔法の選択。
すべてが、
“いつもの通り”に進んでいた。
(馴染みすぎてる……)
エリシアは、自分の杖を見る。
王族のアーティファクト。
長年使い込んできた相棒。
ダンジョンの魔力に、
異様なほど自然に溶け込んでいる。
違和感を覚えるほどに。
(私が合わせてるんじゃない)
(合わせられてる……?)
その考えが浮かんだ瞬間、
背筋に、ひやりとしたものが走った。
悠人が、足を止める。
「白銀血盟の連中もな」
前を向いたまま、淡々と言う。
「ここに来るまでは、無傷だった」
その一言で、空気が変わった。
説明はない。
評価もしない。
だが――
“どこから壊れたのか”だけが、はっきり示された。
「……ここからだ」
声が、低くなる。
通路の先が、開けていた。
ダンジョン最深部――
広間と呼ぶしかない空間。
天井は高く、壁面は滑らかで、
床は鏡のように磨き上げられている。
反射するのは、光だけではない。
エリシアは、はっきりと感じた。
(……いる)
魔物の気配ではない。
殺意でもない。
もっと近い。
自分の内側に踏み込んでくるような、
説明のつかない圧迫感。
そして。
広間の中央。
最初からそこにあったかのように、
一人の人影が立っていた。
歩調。
呼吸。
魔力の揺らぎ。
――すべてが。
エリシアと、同じ。
待っていた。
逃げ場も、奇襲もない。
最初から、ここで向き合うために。
エリシアは、喉が鳴るのを感じた。
鏡のような床に映るその姿を見て、
理解してしまう。
そこに立っていたのは――
自分自身だった。




