第19話 未踏破という価値
第19話|未踏破という価値
未踏破ダンジョン――
その言葉は、本来なら恐怖と結びつくはずだった。
だが、街の空気は違う。
人々は怯えていない。
避けてもいない。
話題にしている。
「白銀血盟が先に入ったなら、相当だな」
「第2席の先遣隊だろ? 難易度は上だ」
「管理権、どこが取ると思う?」
交わされているのは、警戒ではなく――値踏みだった。
エリシアは、その会話を聞き流しながら歩いていた。
(……変だな)
帰ってこなかった者がいる。
それも、名の知れた騎士団の精鋭が。
それなのに、街は平然としている。
悲鳴も、混乱もない。
あるのは、
「次は誰が動くか」という視線だけだった。
⸻
「未踏破ってのはな」
悠人が、前を向いたまま言った。
「“危険”じゃない。“価値”だ」
エリシアは、歩調を合わせたまま視線を向ける。
「……価値?」
「誰も辿り着いてないってことは」
「中身が残ってるってことだ」
淡々とした口調だった。
「アーティファクトかもしれない」
「資源かもしれない」
「国が欲しがる何か、かもしれない」
「だから、奪い合いになる」
エリシアは思い出す。
ダンジョンを見つけた者が、
最初の侵入権を得る――という暗黙の了解。
争いを防ぐための、不文律。
「発見者が権利を売ることもある」
「協会に報告すれば、難易度も測られる」
「国が管理するかどうかも決まる」
それらは、すべて
ダンジョンを“資源”として扱うための仕組みだった。
(危険だから、避けるんじゃない)
(価値があるから、管理する……)
その考え方に、
エリシアはわずかな違和感を覚える。
今までの自分なら、
強い敵がいるなら倒す。
危険なら、排除する。
単純だった。
だが、この世界では違う。
「誰が、どう向き合うか」が先にある。
⸻
「生き残った連中の話、聞いたか?」
すれ違った冒険者が言った。
「ああ。妙な証言だな」
「敵の姿を覚えてないらしい」
「共通してるのは一つだけだ」
声が、低くなる。
「――自分自身にやられた」
エリシアの足が、一瞬だけ止まりかける。
(自分に……?)
魔物でもない。
罠でもない。
それなのに、敗因が“自分”。
意味が分からない。
分からないからこそ、
胸の奥が、静かにざわついた。
⸻
「怖いか?」
悠人が、何気なく聞いた。
「……少し」
正直な答えだった。
「でも、それだけじゃない」
エリシアは、前を見据える。
「危険だから行く、って感じじゃない」
「……試されてる気がする」
悠人は、わずかに口元を緩めた。
「だろ」
それ以上は言わない。
けれど、その沈黙が示していた。
このダンジョンは、
力を測る場所じゃない。
選択を突きつけてくる場所だ。
⸻
遠くに、封鎖された渓谷が見える。
まだ中へは入らない。
だが、境界線は、もうすぐそこだった。
エリシアは、
無意識に自分の杖に触れかけて――やめた。
(……まだだ)
答えは、まだ見えない。
けれど。
未踏破という価値が、
なぜここまで人を惹きつけるのか。
その理由を、
自分の目で確かめる必要がある。
逃げずに。
誤魔化さずに。
そう思えた時点で、
もう後戻りはできなかった。
次に進む場所は――
まだ、誰も踏み込んでいない領域。
価値と危険が、
同じ形をして待っている――
そんな場所だと、直感していた。




