第17話 所有しない選択
剣閃が、交差した。
光と魔力が衝突し、
噴水跡の中心が完全に砕け散る。
衝撃波に押され、悠人は一歩、退いた。
――膝が、わずかに軋む。
(……重い)
純粋な力だけなら、
ここまで拮抗する相手ではないはずだった。
それでも、押し切れない。
向かい合う男は、
剣を構えたまま、微動だにしない。
剣は完全に目覚めていた。
魔力は澱みなく循環し、
まるで“完成された答え”のように振る舞っている。
踏み込んだ瞬間、剣圧が叩きつけられた。
防御が、間に合わない。
――視界が白く弾け、
悠人の体が、数歩吹き飛ばされる。
石畳を削りながら、着地。
その瞬間だった。
悠人の右手に、いつのまにか剣が握られていた。
抜いたそぶりはない。
だが、そこに在る。
視線を落とすことなく、悠人は小さく息を吐いた。
「……やっぱり、強いな」
「正直に言うと」
「力だけじゃ、勝てなかった」
男の目が、僅かに見開かれる。
「……何だと?」
「俺が勝てたのは」
「お前より、考えるのをやめなかったからだ」
剣が、低く鳴った。
否定とも、苛立ちともつかない反応。
「俺は選ばれた」
男は、言い切る。
「この剣が、俺を必要とした」
「だから、ここに立っている」
「違う」
悠人は、首を振った。
「それは“選ばれた”んじゃない」
「使われたんだ」
剣の魔力が、揺らぐ。
「理解できない理由を」
「代わりに知ろうとする存在としてな」
男の握る手が、震えた。
「……ふざけるな」
「ふざけてない」
悠人は、剣をまっすぐ見た。
「お前の名前を、俺は知らない」
剣が、強く反応する。
「でも――」
一歩、踏み出す。
「英雄譚じゃ、その剣は――
“エクスカリバー”なんて呼ばれている」
空気が、凍りついた。
男が、息を呑む。
「……それが」
剣の奥から、
初めて“形を持った意識”が浮かび上がる。
『それが……私の名か』
困惑。
そして、微かな驚き。
「お前は、その名を持ちながら」
「意味を知らないまま振るわれてきた」
悠人は、静かに続ける。
「選ぶ剣として」
「裁く存在として」
「だが――」
剣の間合いに入る。
「お前は、まだ世界を知らない」
男が、叫ぶ。
「だったら!」
「正しい未来を示せばいい!」
「迷い続ける世界より――」
「迷うから、人は進める」
悠人は、遮った。
「迷うから、選び直せる」
「お前は、その可能性を切り捨ててきた」
剣が、激しく震えた。
『……理解できない』
だが、
拒絶の響きではない。
「だから」
悠人は、剣に手を伸ばす。
「俺は、お前を所有しない」
素手で、剣を押さえた。
力を、込めない。
支配もしない。
ただ――受け止める。
「使わない」
「従わせない」
「答えを出すのも、奪わない」
魔力が、ゆっくりと沈んでいく。
剣が、
男の手から滑り落ちた。
石畳に突き立ち、
再び動かなくなる。
『……拒まれたのは、初めてだ』
剣の声は、
かすれていた。
「否定したんじゃない」
悠人は、背を向ける。
「考える時間を残しただけだ」
男は、その場に膝をついた。
「……俺の名は、リオだ」
初めて、
名を名乗る。
「剣に選ばれたと思っていた」
「だが……違ったのかもしれないな」
悠人は、振り返らない。
「それは、自分で決めろ」
⸻
夜。
街は、静かに眠っている。
広場の中心に、
剣は、まだ在った。
だが――
封印は、完全ではない。
拒絶も、していない。
リオは、剣の前に立つ。
「……旅に出よう」
答えは、返らない。
それでも。
剣は、拒まなかった。
誰のものでもなく。
それでも、共に歩く選択。
理解できなかった言葉を、
世界の中で知るために。
⸻
拠点の屋上。
悠人は、遠ざかる気配を感じていた。
「……行ったな」
エリシアが、静かに言う。
「ええ」
「剣も、人も」
悠人は、夜空を見上げる。
「次に会う時は」
「きっと、もっと厄介だ」
それでも。
口元に、僅かな笑みが浮かんだ。
「……それでいい」
選ばれなかった剣と、
選ばなかった人間。
そして、
世界を知ろうとする旅人たち。
物語は、
次の章へと進む。
――答えのない問いを、
抱えたままで。




