第15話 歪みの兆し
異変は、音もなく始まった。
朝のセントラルは、いつもと変わらない。
商人は店を開け、子どもたちは広場を駆け回る。
――誰一人として、気づいていなかった。
石畳の、ほんのわずかな歪みに。
最初に違和感を覚えたのは、広場の端で露店を出していた老人だった。
荷台の脚が、微かに沈んだのだ。
「……ん?」
叩いても、割れてはいない。
だが、石の下が“柔らかい”。
まるで、大地そのものが呼吸しているような感触だった。
⸻
一方、剣は沈黙している。
封じられたまま、石畳に突き立ち、
意志も、魔力も、深く奥へと押し込められている。
――少なくとも、そう見えていた。
(……違う)
剣の内側で、何かが“揺れている”。
理解できないまま否定された記憶。
選ばれなかったという事実。
それらが、答えを求めて反芻されていた。
『なぜ……』
声にならない疑問。
『基準は、満たしていた』
『進める価値は、証明されていたはずだ』
それでも、拒まれた。
否定されたのは、力ではない。
思想だった。
(……知る必要がある)
剣は、結論に至らない。
だが、“止まる”という選択もできなかった。
理解できないなら、
理解しに行くしかない。
封印の奥で、
意志が、静かに回転を始める。
⸻
その頃、街の別の場所では。
「……空気が、重いな」
巡回中の兵士が、足を止めた。
理由は分からない。
ただ、胸の奥がざわつく。
魔物の気配でもない。
魔法の残滓でもない。
なのに、
街全体が“何かを待っている”。
「気のせいか……」
そう呟いて、歩き出した瞬間。
遠くで、乾いた音がした。
――パキ、と。
振り返ると、
広場へ続く石畳に、細い亀裂が走っている。
ほんの一筋。
誰も気に留めない程度の、異変。
だが、それは確かに――
封印の外側に現れた、最初の兆候だった。
⸻
拠点の屋上。
悠人は、街を見下ろしていた。
視線は、広場の一点に向けられている。
まだ騒ぎはない。
だが――
「……始まったな」
隣で、エリシアが息を飲む。
「気づいたの?」
「ああ」
短く答える。
「剣が、考え始めてる」
「考える……?」
「否定された理由を、だ」
エリシアは、言葉を失った。
封じたはずの存在が、
なお“答え”を求めている。
「それって……」
「完全覚醒の前兆だ」
悠人は、視線を逸らさない。
「封印は、破られてない」
「でも、歪み始めてる」
世界はまだ平穏だ。
誰も剣を抜いていない。
誰も戦っていない。
――それでも。
静かに、
確実に、
歯車は噛み合い始めていた。
選ばれなかった剣と、
これから“選ばれる”誰かのために。
嵐は、まだ姿を見せない。
だが、
その中心は――もう、街の中にある。




