第11話 選定と否定
その夜、俺たちは一度拠点に戻った。
剣は、あの広場に残されたままだ。
動かず、語らず、ただそこに“在る”。
それが、逆に気にかかった。
「……放っておいて、いいの?」
応接室で、エリシアが言った。
彼女は窓の外――街の方角を見ている。
剣の気配が、まだ消えていないことを感じ取っているのだろう。
「よくないわよね」
セナが即答する。
「さっきのは挨拶。次は“本番”」
「だろうな」
俺は立ち上がった。
「だから行く」
エリシアが、こちらを見る。
「今度は、話し合い?」
「いや」
俺は首を振る。
「否定する」
⸻
広場の空気は、変わっていなかった。
人はいる。
だが、やはり中心には誰も近づかない。
誰も気づいていないようで、
それでも、無意識に避けている。
剣は、同じ場所に突き立っていた。
まるで、俺たちが戻ってくることを知っていたかのように。
『来たか』
低い声が、直接頭に響く。
『考えは変わったか、基準に届く者』
「いいや」
俺は歩みを止めない。
「確認しに来ただけだ」
『何を』
「お前の“選定”が、どこまで本物かを」
一瞬。
剣の周囲の空気が、明確に張り詰めた。
『ほう』
楽しげですらある声音。
『ならば見せよう』
『世界を進めるに値する力を』
次の瞬間。
剣が、石畳から“抜けた”。
誰かに取られたわけではない。
自ら、浮かび上がった。
魔力が、一直線に走る。
「――来る!」
エリシアの声と同時に、俺は前に出た。
速い。
思考より先に、剣が“結果”を描いてくる。
(なるほど)
だから、勝っている目をしていた。
振るわれる前に、
もう勝敗が決まっていると信じている。
剣閃。
空気が裂ける。
俺は、最小限の動きでそれを防いだ。
反撃はしない。
剣が、わずかに沈黙する。
『……反撃しないのか』
「必要ない」
もう一度、剣が走る。
今度は、軌道が変わる。
“修正”だ。
(思考速度も高いな)
だが――
それでも、足りない。
俺は半歩踏み込み、剣の間合いに入った。
その瞬間。
剣の魔力が、大きく揺れる。
『なぜだ』
声に、初めて戸惑いが混じった。
『基準には届いている』
『選ばれるべきだ』
「そこだ」
俺は、剣の切っ先を二本の指で止めた。
世界が、静止したように感じられる。
「お前は“選ぶ側”のつもりでいる」
『違うのか』
「違う」
俺は、はっきりと言った。
「お前は測っているだけだ」
「進めるかどうかを判断しているつもりで、世界を止めている」
剣が、言葉を失う。
「可能性を切り捨てる存在は、ここでは不要だ」
力を込める。
剣が、わずかに軋んだ。
『……否定、するのか』
「ああ」
迷いはない。
「俺は、お前を使わない」
短い沈黙。
やがて、剣が低く響かせた。
『理解……できない』
「だろうな」
「だから――」
俺は、そのまま剣を地面に押し戻した。
魔力が、封じられていく。
完全ではない。
だが、今は十分だ。
『待て』
初めて、剣が“止める”言葉を発した。
『私は、まだ――』
「まだ何もしていない」
俺は言葉を遮る。
「それが答えだ」
剣の光が、ゆっくりと沈む。
再び、ただの剣のように。
だが、その奥には、消えない意思が残っていた。
⸻
夜が、元に戻る。
人の流れが、少しずつ中心へ近づいていく。
「……終わったの?」
エリシアが、小さく聞いた。
「いいや」
俺は首を振る。
「一旦、切っただけだ」
セナが、苦笑する。
「あれ……アーティファクトって呼んでいいのかも怪しいわね」
「性能も意思も、アーティファクトの枠を越えてる」
「しかもそれを“不要”って」
「だから、厄介なんだ」
剣は、折れていない。
砕いてもいない。
封じただけだ。
(あれは――学習する)
選ばれなかったという事実を、
理解できないまま、理解しようとする。
きっと、誰かが気づく。
あの剣に。
そして――
今度は、
“選ばれたい”者の手に渡る。
その時。
この話は、続きを始める。
――まだ、終わっていない。




