第10話 剣は、選ぶ
酒場を出てから、しばらく誰も口を開かなかった。
夜のセントラルは静かだ。
昼間の喧騒が嘘のように、人の気配が引いている。
「……あの男」
エリシアが、ぽつりと言った。
「嘘はついていないわね」
「ああ」
セナも短く頷く。
「盛ってはいるけど、見たもの自体は本物」
俺は前を見たまま歩く。
気配は、もう掴んでいた。
――剣だ。
中央区から外れた、使われなくなった広場。
かつては噴水だったらしい石造りの構造物が、今は乾いたまま残されている。
人はいる。
通りには往来があり、話し声も絶えない。
だが、誰も“そこにある”ことに気づいていなかった。
それでも――
人の流れだけが、無意識に中心を避けるように歪んでいる。
視線は逸れ、足取りは鈍り、
誰一人として理由を考えないまま、近づこうとしない。
そこには、
「見えない」のではなく、
**「選ばれていない」**という空白だけがあった。
(なるほど)
噴水跡の中央。
石畳を割るようにして――一本の剣が、突き立っていた。
鞘はない。
装飾も、過剰ではない。
だが。
(……嫌な存在感だ)
魔力を放っているわけじゃない。
威圧しているわけでもない。
それなのに、周囲の空気だけが、微妙に歪んでいる。
エリシアが、無意識に一歩引いた。
「……これが?」
「ああ」
俺は短く答え、剣から視線を離さない。
「噂の“剣”だ」
近づくほどに、違和感が増す。
魔力の流れが――合わない。
呪具のような悪意も感じない。
(アーティファクトか……もしくは……)
そこまで考えたところで。
『――やっと来たか』
声がした。
低く、落ち着いた声。
だが、確かに剣の方から聞こえた。
エリシアが息を呑む。
セナは即座に半歩前に出た。
「……喋る剣、ね」
『久しぶりだな、円卓の第1席』
剣は、確信をもってそう呼んだ。
「名を呼ばれる覚えはないんだが」
『呼ばれずとも分かる』
剣は、淡々と言葉を重ねる。
『この街に入ってきた瞬間から、見ていた』
『魔力、視線、立ち位置……基準に届く者のそれだ』
基準。
その言葉に、わずかに空気が張り詰める。
「基準ってのは?」
俺は、あえて軽く聞いた。
『語る必要はない』
剣は即答する。
『届く者には分かる』
『届かぬ者には、理解できない』
その瞬間。
剣の周囲の魔力が、ほんの一瞬だけ――“揺れた”。
攻撃ではない。
威嚇でもない。
――確認だ。
(試してきてるな)
「なら聞こう」
俺は一歩、前に出る。
「お前は何だ」
剣は、少しだけ間を置いた。
『私は、選定の剣』
『役割は一つだ』
「何を?」
『世界が進むに値するかを、測る』
エリシアが、思わず声を上げかける。
だが、何も言えなかった。
その言葉が、冗談に聞こえなかったからだ。
「……悪いが」
俺は、静かに言った。
「その役割はここじゃ不要だ」
一瞬。
本当に一瞬だけ――剣の気配が変わる。
怒りではない。
失望でもない。
興味だ。
『ほう』
剣が、低く響かせる。
『拒むか』
『基準に届いてなお、選ばぬと?』
「ああ」
迷いはなかった。
「俺は、お前を必要としない」
沈黙。
広場のざわめきが、遠く感じられる。
『……そうか』
剣は、ゆっくりと言った。
『ならば、理解した』
『今日は、ここまででいい』
その言葉と同時に、
剣の気配が、再び“何事もなかったかのように”収まる。
だが――
(終わってないな)
確信があった。
「悠人……」
エリシアが、静かに呼ぶ。
「ああ」
俺は剣から目を離さず、答えた。
「これは、挨拶だ」
試し。
観測。
そして――選別。
剣は、持ち主を選ぶ。
だが同時に、
選ばれなかった者の存在も、確かめている。
この剣は、まだ何もしていない。
それが、一番厄介だった。
――エクスカリバー。
剣がその名を名乗るのは、
もう少し先の話になる。




