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第1話 面接

地獄でも人事は忙しい。今日も面接中。

借金まみれの悪魔カイストは、数千年の先延ばしをやめて就活へ。人間界のカフェ店長フェイト、回収局、HR、そして噂の「ミスター・ハッピー」――地獄のオフィス街で起きる騒動に巻き込まれていく。面接は命懸け、福利厚生は炎天下。ブラックどころか真っ赤な職場コメディ。

カイストは――いつにも増して――自分に惚れ惚れしていた。

そりゃもう、かなりだ。


彼は屠り場を闊歩した。まるで死体の山が熱狂的な観客でもあるかのように。

爆発の残響がまだ空気の中でチリチリ燃え、男と女と、そしてもう少し小さいなにかが、あちこちにバラバラに散らばっている。

なんとまあ、素晴らしいことだ。苦痛の交響曲。恐慌の合唱。


彼は突然、とんでもなく金持ちになった。必要だったのは少しの狡猾さ――いや、もしかすると「少し以上の」盗み――だけ。


カイストはバブのことなんか絶対に考えていなかった。絶対に、だ。誰が気にする。これはもう彼のもの。どう使おうが彼の勝手。

彼は安らかな顔をして、さまざまな別れの段階にある(ソウル)たちを見回した。その中の一人、中年の男が、なにかをブツブツつぶやいている。


カイストはにこやかに身をかがめた。うるさいのは大嫌いだ。

「ん? 悪い、聞き取れなかった」


男は焦点の合わない目で辺りを見回した。「た、助け――頼む……お、俺の体。戻らなきゃ――」


二人は一緒に、彼の体の「残り」を見た。


「ふむ。いや、手伝ってやりたい気持ちは山々なんだがね。君はちょっと――ええと――そこら中に散っててね」


「ち、違――」


「心配無用。今はそうは思えないかもしれないけど、実はね、私と一緒のほうが……ずっと楽――」


「ま、ま、待っ――!」


男は悲鳴を上げた。カイストがそれをスッとしまい込んだときに。――いや、もしかして女だったか? まあ、どちらでもいい。生きていたときに何だったかなんて関係ない。魂は魂。非・魂としての人生は、問題の外だ。


「やあ、カイスト」


カイストは振り向いて、危うく笑顔をやめかけた。ビーゾが通りを小走りにやって来る。泥を器用に避けながら。


「で、これはいったいなんだい?」

その声は、千匹のスズメバチが何か不味いものをむさぼっているみたいだった。


カイストは、砕けた通り、砕けた体、砕けた建物――火と煙で散らかった一切合切を見渡した。

「ええと――人間の呼び名には疎いんだが――これはかなりデカい町的なやつ、だと思う。誰かがシティって呼んでた気がする。なぜ新しい名前が要るのかさっぱりでね。タウンで十分だろう。君、ハムレットって覚えてるか――」


ビーゾはため息をついた。

「これらの魂が私の父上の取り分だって、もちろん分かってるわよね? で、父上が喜ばないってことも?」


「ずいぶん決めつけるね。君の父上、うん、あの――脂の塊みたいな? 指いっぱい? 見てるこっちが恥ずかしくなるアレだ。間違えても仕方ないよね。指がもっと多かったら、そりゃ何をどこに置いたか分からなくなる――でも安心して、ビーゾ。これらの魂は私のだ」


彼は笑った。ビーゾは唇をゆがめた。


「父上は見逃さないわよ、カイスト。回収局(コレクション)のガーゴイルを差し向ける。あれがどれだけ厄介か、知ってるでしょ」


「だろうね」カイストはだろうなと思っていた。「でも道々、何か思いつくさ。とにかく今は、楽しい魂をしこたま消費できる」


壊れた通りに、うなり、きしみ、引っかくような音が響いた。不機嫌な石の鳴き声みたいな音。


今度はビーゾの番だった――が、笑わない。面倒くさがりめ。


「走ったほうがいいわよ、カイスト」


カイストは最後にもう一度だけ振り向いた。お気に入りの顔――66本の白く鋭い歯をぜんぶ見せるやつ。

そして、走った。



* * *


フェイトの内臓は最悪の気分だった。いつも以上に。


客に向けるテンション高めの笑顔と、「私はクールな店長、でも店長だからね」って顔の裏側で――中身はボロボロ。

ブライアンは背中を向け、モップをかけているふり。下手くそ。手の中のスマホが、ほとんど見えてる。


「ねえブライアン、在庫とレジ締め、数えた?」


「え、――」彼は振り向き、手が不思議な速度でポケットに入った。「あ、いや、今やります」


「いいよ。私がやるから。代わりにブレンダー洗っといて」

どうせ彼に数えさせるのは信用ならない。十より大きい数字を数えられるかも怪しい。


閉店前の静けさ。毎度、人生の選択を全否定したくなる時間帯。

彼女はいいバリスタだ――それは自分でも分かってるし、エリアマネージャーのカーラも分かってるし、たぶん誰かもう一人くらいは分かってる。


問題は、と両親が親族行事のたびに大声で言うには――バリスタは職業じゃないこと。

彼らはフェイトが何もできないと思っている――事実、そうなのだが――それはあまりにも不公平だ。


誰も彼女を雇いたがらない。これは事実。みんなその事実を受け入れて、「不運だね」で済ませればいい。

両親は「夢を追え」と言うけれど、働くことを夢見る人間がどれだけいるというのだ。


つまり――


ドアがギィ、と鳴って、彼女が溺れかけていた自己憐憫の大釜を無礼にもかき回した。

深呼吸を一つしてから、接客用の顔を装着し、顔を上げる。


「すみません、もう――」


誰もいなかった。ドアは閉まった。


「え……?」ブライアンのスマホは瞬きより速く消えた。素早くスマホをしまう、それだけは彼の得意技だ。


「気にしないで。風でしょ」

そう言って彼女はレジの勘定に戻り、いま自分が言ったことをなかったことにした。風で物が動くことは、まあ、ある。

店内は間違いなく無人――のはず。背筋を冷たいものが這い上がる。顔を上げる。何もない。

でも、何かがずれている。ほんの少し、気づくか気づかないかの差で。


何が違うのか分かるまで、いかにも無害そうなカフェをしばらく凝視する必要があった。


身震いして、彼女はレジを戻し、バックヤードの壁に取り付けられたサーモスタットのところへ向かった。少し傾いている。


「66? 冗談でしょ?」


サーモスタットは、返事代わりにさらに1度、下がった。


しばらくにらみ合ったが、サシの勝負は諦めてヒーターを入れる。

ウィーンと動き出した瞬間、店の右側の照明がパチンと消えた。


「ちっ――」


決定した。今日は人生最悪の日。


せっかくの休みの日にレアケースで閉店担当にされ、よりによって相棒がブライアン、そのうえ店そのものが彼女を怒らせにかかっている。


修理? 知るか。給料、そこまで出ない。というか、全然出ない。


ブライアンはまた背中を向け、暗がりに立っていた。スマホの光が青い後光みたいに彼の輪郭を縁取る。


彼女は叫びたかった。


「ブライアン、いま忙しい?」


彼が振り向いた。モップがガシャンと床に落ちた。彼は彼女の背後を見て、固まっている。


振り向きかけたが、踏みとどまる。ブライアンの目は――いつものおバカに曇った目じゃない。黒い。真っ黒。白目がない。


フェイトは一歩、後ずさる。


頭の中の声――ホラー映画を一本でも見たことのある声――が叫んでいた。走れ、今すぐ走れ! 絶対におかしい。

でも、走れる? 勤務中だ。脳みそ空っぽの同僚とヘンな照明のせいで持ち場を離れたら、クビになったりしない?


彼女は妥協した。カウンターまで下がる――それだけ。ブライアンはまだ口を開けたまま硬直している。

不気味な静止。静寂。待機。――でも、店のどこかが動いた。影が滑った。

笑った――ように見えた。なぜ笑ったと思った?


「え……」ブライアンが現実に戻るように身を震わせた。


彼は手で目を覆い、まぶしそうにして――顔を上げると、もう黒くなかった。青い。ちゃんと白目もある。

緊張がほどける。照明が戻り、いつもの目の痛くなる黄色。ブライアンの目は――確かに青。黒じゃない。青だ。

全部、数秒の出来事。真っ暗だったほんの一瞬。

パニック発作だ。きっとそう。そういうことにする。


「いや、違う、汚れすぎ。えっと……」

ブライアンが空中を手探りし始めた。何かを掴もうとして――掴んだ。

影を掴んだのだ。数秒後、影は形になった。


斧の形に。



* * *



カイストは岩に溶け込むように倒れていた。


二日酔いは痛む。だがこの一世紀で、その痛みが嫌いではなくなった。

頭の奥――もしくは頭があるらしい場所――にむず痒い、吐き気を催す、ぞわぞわする声がある。「そろそろ起きる時間だよ」と囁く。

カイストはそれにしがみついて、現実から隠れていられた。


彼はスッカラカンだった。正確に言うと、超がつくほどスッカラカン。貧しい。資産ゼロ。

賭けて、飲んで、たぶん他にもあれこれやって、最後に残ったのは頭痛と空のポケットだけ。――いや、ポケットは一つしかないのだが。

彼はしばらく、その先にやることを考えながら、さらに寝そべっていた。


ようやく。


ゆっくり。


ものすごく、ゆっくり。


もう少し、ゆっくり。


動き始める。


手足がミシミシ鳴る。筋肉が心地よく「存在」を取り戻す。ああ……伸びるって、なんて気持ちがいい。

自分が岩の上の二日酔いの水たまり以上のものである感覚――忘れていた。不思議なことを忘れるもんだ。


細く器用で――非常に才能ある――指を曲げ伸ばしして、一瞬だけ気分が良くなる。

一瞬だけ。すぐに痛みが戻ってきた。長年同じ姿勢で寝ていたせいで、痛みたちは飽きて意識のシロップに溶けていた。でも今は、本気で帰ってきた。


ため息をひとつ。彼は爪で空間に裂け目を入れた。熱が閃き、火の波がサッと吹き出す。彼はそこをくぐる。


彼はこれを人生ずっと先延ばしにしてきた。数千年、実に。だが、もう伸ばせない。時が来たのだ。


仕事を――探す時だ。


ショート・オスが一礼した。首がくるりと回って、こちらを見上げる角度になる。落ちかけたシルクハットを器用にキャッチ。


「お会いできて光栄です、K氏」


「光栄じゃない」


「正式な紹介は初めてでして……」


「平和な時代もあったな」


「……ですが、すぐに親密になれると確信しております」


部屋は、臨床室みたいに白いクローゼット程度の広さ。

ショート・オスは、蔓植物のように空間ぜんぶを占拠していた。


背は壁に沿い、天井に当たって折れ曲がり、そのせいで首と頭がシャンデリアみたいにぶら下がっている。

しかも首のひねり方が、普通の生き物なら確実に死ぬ角度。


カイストは、巨体のどの部位にも手が届く距離にいて――とても不愉快だった。


「ええ、広すぎると感じる方もいらっしゃいます。さて――『本日の麗らかな宵に、あなた様の麗しいご来訪の麗しい理由は何でございましょう』と伺うまでもなく、答えは分かっておりますが」


黙るのが吉だ。悪魔は話すのが大好き。しゃべらせておくのが一番。


「あなたにはとても大きな借金がある、我が友よ。とても大きい」

ショート・オスの笑みは悪夢の具現。食べるのが大好きなタイプの悪夢。

だがカイストが気にしたのは目のほうだ。目がもっと嫌なことを語っていた。

「額は四十。四千万――ソウルですな。もちろん、あなたの首の証拠が揃えばの話。最低でも角と背骨は欲しいところですが」


「粋だな」彼は自分の角を思い出した。美しく大きな水晶の角。バブの悪名高い回収機関の壁に掛けられている。

首だけならまだしも、角は誇りなのだ。


「ちょっと失礼。お茶でも淹れましょう」


木の枝のような腕がにゅるりと壁に潜り、ヤカンと骨のカップを二つ引っぱり出す。


「遠慮する。首を取りに来たって話なら、お茶の前に言ってくれたほうが助かる」


ショート・オスは傷ついた――ふりをした。ひどい出来の演技だ。


「我が友よ……とんでもない! どうして私にそんな酷い疑いを? 傷つきました――大いに、K氏」

傷ついた顔は諦め、再び笑う。「いやいや。私は作法を叩き込まれております。壁にパンくずを残すような真似はしませんよ」


「噂には聞く」カイストは真っ白な床に、痛い腰を下ろした。


ショート・オスは、逆さの頭で笑みを浮かべつつ、茶を一口――ほとんど口に入らず、床にぽたぽた落ちた。


「さあ、どうぞ続けて。なぜここに? バブにやられるくらいなら、私の穏やかな消化を選ぶ――そういう趣向かな?」


「いや――まだそこまでじゃない。最近、私は驚くべき事実に気づいてね。かなり貧しい」


「慧眼だ。いや、かなりどころではないがね」


「で、ここに来た。私の腕は知ってるだろう。それに君が――時折――我々の類いを雇うことがあるのも知ってる」


「ほう、それは豪胆な指摘だ。君の種族を見下す連中もいる。悪魔が気にするような類の偏見じゃないが、まあある。

それで、なぜ私が君を雇う? 現場で事故を起こす可能性が十分あるのに」


「私が同類の中で一番だから――それに、もしバブに捕まったら、君は私に給料を払わずに済む。お得だろ」


ショート・オスはまた茶を飲む。床の水たまりが広がる。

「てっきり君は雇われない側だと思っていた。借用書にだってサインしたことがない――そんな話しか聞かない。狙いは何だ、K氏。魂か? 領地か?」


今度はカイストが笑う番だった。静かに煮えたぎる種類の笑み。ショート・オスの歪んだ笑顔すら黙らせる類のやつ。


「私を捕まえさせてほしい」


「おや。面白いことを言うね」

白粉の奥の目が回転する。飢えた目だ。

「面白い。そんな代価に見合う仕事となると、相当だが――都合よく一件ある」


「この地獄(ヘル)側で、私より上手い盗人も詐欺師もいない――どの側でも、だ」


「いや、それがね。今回は追って捕まえる系の仕事なんだ。お望みなら少し盗みも混ぜていいけど」


もう笑っていない。「私は運が地の底でも、見ての通り――バウンティ・ハンターじゃない」その言葉を吐き捨てる。「あれは芸が――」


「K氏、落ち着いて。まだ話の途中だ。追う相手は――君に関係がある」


「嘘だ。盗人は全部知ってる。私以外に上手いのはいない」


「誤解だよ、K氏。そいつは盗人じゃない。……ええと……最近の呼び名ではミスター・ハッピー。地獄の子どもたちに大人気。

何者であれ、地獄のオフィス街を殺し、盗み回っている。デイヴィ・ボーンズからさえ、何かを盗んだらしい」


職業的怒りが、骨の芯でくすぶる。


「不可能だ。上手い盗みは全部把握してる。私以外には無理。何を盗んだ」


ショート・オスは肩をすくめた。身体が逆さで折れ曲がっているせいで、肩すくめは痙攣――いや、悪寒に見える。


「盗みには興味がない。そこは君の専門だ」


「何を盗まれたかも知らないのに、なぜ追う」


「欲しいのだよ、K氏。だって、いかにも――」

ショート・オスは笑わず、見るだけ。

飢餓そのものの眼差しで。

「――美味しそうだ」


読んでくださってありがとうございます。作者はアメリカ人で、英語で書いた原稿を自分で日本語に訳しています。できるだけ自然な日本語にしていますが、ところどころ言い回しに英語っぽさやズレが残っているかもしれません。気づいた点があれば感想でやさしく教えてください。地獄の人事も作者の語彙も、ただいま採用中です。

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