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らけんばるらりでゅーさ・かるさんべく・たいけめ  作者: chiroru
灰の国 バルアード連合国

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第6章 ここから先は自分の道

夜明け前。

灰色の空がわずかに白んでいた。

アルスとヴァルドは裏路地を抜け、家へ戻った。

扉を閉め息を整える。


「……追ってきてない、かな。」

「おそらくな。」


ヴァルドは壁に立てかけた大剣を見つめた。

かけてはいるが刃はまだ鋭く光を返していた。


「大切なんだね。」

「…ああ。」


その声には、安堵とも哀しみともつかない響きがあった。

アルスは少し笑う。

少しして、天井を見つめながらつぶやいた。


「……外の世界って、本当に広いの?」


ヴァルドは壁に背を預けたまま、目だけをこちらに向ける。


「広い。とてつもなくな」


アルスは眉をひそめる。


「今までどんなものを見てきたの?」


ヴァルドは少しだけ視線をそらし、言葉を選んだ。


「……国によって空気が違う。

 匂いも、音も、人も違う。」

「ふーん……例えば?」


数拍の沈黙。

ヴァルドはきっぱりとした声で話し始めた。


「地面や山が氷でできた国や砂でできた国があった。獣人を神のように祀る国、そしてその逆の国、この国のようにな。どの国も特徴があり問題を持っているが同じような国はひとつとしてない。」


ヴァルドの声は淡々としていたが、

それでもその言葉の端々に“本当に見てきた者”だけの重さがあった。


「…いいなぁ」


アルスだけ気づいていた。言葉や表情には出さないが胸の奥が跳ねている。まるで、自分の心だけが先に走り出そうとしているように。


その音を、階段のきしむ音がかき消した。


「アルス? こんな時間に起きてるのか?」


叔父の声。

扉が開き、煤けた服の少年と、見慣れない獣人が現れる。

叔父は一瞬、表情を固くした。


「……どういうことだ。」


アルスが口を開く前に、ヴァルドが言った。


「世話になった。すぐ出る。」


叔父の視線が鋭くなる。


「……工場の騒ぎはお前たちか。」

「俺だ。」


アルスが慌てて前に出る。


「違うんだ、ヴァルドは——」

「アルス。」


叔父が制した。


「警備がこの辺りを探してる。さっさと出ていけ」


ヴァルドは頷いた。


「恩に着る。」


叔父はアルスを見た。


「……アルス、お前……どこか遠くを見てる顔だな。」


アルスは思わず目をそらした。

その仕草を、叔父は見逃さない。


「昔からだ。何かを決める時、お前はそうやって前ばかり見る。」


アルスの胸が跳ねた。

ヴァルドが一瞬だけこちらを見る。


叔父は息をつき、ゆっくりと言葉を続けた。


「……まさかとは思うが、その獣人と一緒に……行く気じゃないだろうな?」


アルスは答えられなかった。

答えないことが、答えのようになってしまう。


叔父はその沈黙を受け取った。

重い、でも拒絶ではないため息を吐く。


「本当に……行くつもりか?」


胸の鼓動がさっきよりもはっきりと跳ねる。

沈黙。

ヴァルドが静かに言う。


「夜明けまでに南の門を抜ける。」

「……なら、急げ。」


ヴァルドは軽く頭を下げた。


「借りを作った。」

「返す機会はないな。」


その会話の間、アルスは沈黙していた。

心の中ではいくつもの映像が浮かんでいた。

鉄粉の空。

工場の煙。

壊れかけた大剣を片手で担ぐ獣人の姿。


——誰も知らないものを見たい。

——他の国の音を聞いてみたい。

——他の国の色を、見てみたい。


胸の奥が、静かに熱くなる。


「……アルス・ブラズウェル。」


叔父の声に顔を上げる。


「お前が決めろ。

 迷うようなら、ここにいろ。」


一拍。

アルスは息を吸い込み、

ゆっくりと答えた。


「行く。」


叔父の表情がわずかに和らいだ。


「わかった。気をつけて行ってこい。」


叔父は棚から小さな革袋を取り出した。


「水と干し肉だ。それと——これは置いていけ」


手の中には、金属の歯車。

アルスが昔、初めて作った小さな細工だ。


「俺が見張っておく。戻ってくる時の目印だ。」


アルスは唇を噛みしめて頷いた。


「……ありがとう。」


ヴァルドが剣を担ぐ。


「早速借りを返して貰う。

こいつを――アルスを、守れ」


「…………」


「行くなら止めない。だがな」


叔父はアルスの肩に手を置き、

その手をそっとヴァルドへ押しやった。


「こいつは、まだ世界を知らん。

お前みたいな奴が必要だ。

“借り”というなら、命で返してもらうつもりで守れ」


部屋の空気が変わった。

ヴァルドの瞳に、ほんのわずかだが何かが宿る。


「行くぞ。」

「うん。」


玄関を出ると、朝焼けが街の屋根を照らしていた。

灰色の国が、ゆっくりと金に染まっていく。

アルスは振り返らずに言った。


「行ってくるよ、叔父さん。」


そして二人は走り出した。

鉄と煙の匂いが薄れていく。

新しい風が、夜明けの空を運んできた。

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