第5章 煙を裂き、火花駆ける
灰色の夕暮れ。
廃材置き場の奥は昼間よりも静かだった。
ヴァルドは山のように積まれた鉄屑を見上げ、無言で歩き出した。
「……本当に、ここにあるの?」
「この辺りで倒れていたなら、ここにあるはずだ。」
アルスとヴァルドは失くしてしまった剣を探していた。
アルスは錆びた鉄板をどけながら言った。
「見つかるといいね。」
「見つけねばならん。あれは——」
ヴァルドは言葉を止めた。
一瞬だけ、琥珀色の瞳がわずかに揺れる。
「俺の命の一部だ。」
その声に、アルスは何も言えなくなった。
鉄の匂いが強い風が吹く。
機械の残骸が軋んだ。
「……ないか。」
「今日の朝、鉄くずと一緒に回収されたのかも。だったら工場に運ばれたと思う。」
ヴァルドが顔を上げた。
「工場?」
「あの大きい煙突のとこ。」
「……行くぞ。」
「まさか、今から?」
ヴァルドは何も言わない。
アルスはため息をついた。
「じゃあ、僕も行く。」
「ついてくるなら静かにしろ。」
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工場街の灯りが煤けた空に滲んでいる。
鉄を溶かす音が遠くで鳴っていた。
「こっちが裏口。」
アルスが囁く。
ヴァルドは無言で鍵の隙間に細い棒を差し込み、音もなく扉を開けた。
中は薄暗く熱気が残っている。
巨大な炉がうなり、床は黒い粉で覆われていた。
「鉄の匂いしかしないね……。」
「この国はどこも同じ匂いだ。」
二人は鉄屑の山をひとつひとつ確認していった。
アルスの指が何か硬いものに触れた。
「……これ、じゃない?」
鉄くずの隙間に、黒い鞘が見えた。
ヴァルドが駆け寄り、手を伸ばす。
鞘の中の刃が工場の灯に反射して鈍く光った。
「……見つけた。」
彼はゆっくりと剣を抜いた。
刃先は欠け、かすかに焦げていた。
「これだ」
その声はどこか穏やかだった。
「……感謝し——」
その時、背後から声がした。
「おい、誰だ!」
灯りが差し、警備員の影が近づいてくる。
ヴァルドがアルスの肩を引く。
「下がれ。」
「まって、どうす——」
言い終わる前に、ヴァルドは鉄屑の山から大剣を引き抜いた。
黒鉄の刃が炉の赤光を受けて鈍く光る。
そのまま片手で剣を担ぎ、
もう一方の腕でアルスの体を脇に抱え上げた。
「えっ、ちょ、待って——!?」
「喋るな。落ちるぞ。」
次の瞬間、地を蹴った。
床がきしみ、鉄粉が舞い上がる。
「そっちだ! 止まれ!」
警備員の声が追いすがる。
だがヴァルドは速かった。
巨体とは思えない速度で通路を風のように駆け抜ける。
アルスは驚きと恐怖で声も出せず、
ただ胸の奥で鼓動が跳ねていた。
大剣が壁に触れるたび、火花が散る。
溶鉱炉の熱が、風を裂くように後ろへ流れていく。
ヴァルドは扉を蹴り開けた。
夜風が一気に流れ込む。
鉄と火の匂いが冷たい空気に押し流された。
「掴まっていろ。」
アルスは言われるまま、ヴァルドの服を掴んだ。
赤い煙の中を、二人は駆けた。
工場の灯りが遠ざかる。
ベルの音と怒号が混じり、灰色の街が震える。
それでもヴァルドは止まらなかった。
片手で大剣を担ぎ、片手で少年を抱えたまま、
まるで風そのもののように走り抜けていく。
アルスは息を切らしながら、
それでも笑っていた。
「ねぇ……すごいよ!!」
ヴァルドは答えなかった。
ただ、夜を裂くように走り続けた。




