第4章 灰の家の中
朝の光は白く濁っていた。
工場の煙が空を覆い、遠くの太陽をぼやけさせている。
アルスが目を覚ますと、作業机の上にいたはずの男がいなかった。
「……え?」
部屋の奥で、金属が擦れる音がした。
男が包帯を巻いた腕で机の端につかまり、立ち上がろうとしていた。
「ちょ、ちょっと! 無理しちゃだめだって!」
「寝ている場合ではない。」
「どこへ行くの?」
「外だ。」
「まだ歩けないでしょ。」
アルスが慌てて近づこうとすると、獣人は目を細めた。
「問題ない。」
そう言い切った瞬間、獣人の体が崩れた。
鉄の部品が床に散らばる音が響く。
「っ……!」
アルスは駆け寄り、倒れた体を支えた。
「だから言ったのに!」
「放せ。」
「無理だよ!」
二人の声が重なったちょうどその時、
下の階から足音がした。
「アルス? 今の音はなんだ!」
叔父の声。
アルスの心臓が跳ねあがる。
「やば……」
アルスは獣人を机の影に押しやり、
落ちていた布をかぶせた。
「静かに!」
獣人は眉をひそめたが、何も言わなかった。
扉が開く。
「おい、何やってる。大きな音がしたぞ。」
「あっ……えっと、工具棚が倒れちゃって!」
叔父は部屋を見渡した。
鉄の部品、散らかった床、妙に焦ったアルスの顔。
「……お前、また夜中にいじってたな。」
「ご、ごめん。機械、調整してたらバランス崩して。」
叔父はため息をつき、額を掻いた。
「まったく……今度壊したら片づけ手伝わんぞ。」
「わかってる。」
それでも叔父は一歩だけ部屋に踏み入れ、
机の影にちらりと目をやった。
「……アルス。」
「ん?なに?」
「……外で変な噂がある。昨日の夜、この辺で“獣人を見た”ってさ。」
アルスの喉が鳴った。
「……へぇ、怖いね。」
「怖い? 馬鹿言うな。あんなやつら、ゴロツキと変わらん。」
「……うん。」
叔父は頷き、部屋を出ていった。
ドアが閉まると、アルスは息を吐き出した。
「……危なかった……。」
「嘘が下手だな。」
低い声。
振り向くと、布の下から獣人の灰色の目がこちらを見ていた。
「……見てたの?」
「耳が生きている。」
アルスは口を結んだ。
「あんな嘘、通ると思ってないだろう。」
「思ってないよ。」
アルスはしばらく黙り、
ゆっくりと体を起こした。
「……助けるなら、覚悟を持て。
情けだけでは、人は守れん。」
「助けられた側が言うのだ、それ」
アルスは静かに口を開く。
「名前はなんて言うの?」
「なぜだ?」
「1時間もひきずった人の名前知らないのおかしいもん。覚悟を持って聞いてるよ」
少しの沈黙の後、バツの悪そうに答えた。
「ヴァルドだ」
アルスの顔が笑顔で輝く。
「ボクはアルス。」
その後会話はない。しかし、アルスは今の会話を噛み締めていた。




