表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
らけんばるらりでゅーさ・かるさんぽく・たいげめ  作者: chiroru
学園の国 ルクテリオ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/33

第5章 守る、それぞれ、全力で

実技講義 ― ノウス応用基礎 ―


実技講義の教室はこれまでとは少し雰囲気が違っていた。


天井が高く、壁際には距離を取るための印が刻まれている。

床は硬い石だがところどころに傷跡が残っていて、ここが“実践する場所”だと分かる。


アルスは壁際へ移動した。今日は見学だ。


「……広いなぁ」

「狭いと危ないじゃない」


ニーナは軽く肩を回しながら言う。


「アルスは今日は見学?」

「うん。使えないし」


そう言うとニーナは少しだけ申し訳なさそうに笑った。


「きっと見てるだけでも結構面白いわよ」



講義が始まると前に立ったのは昨日とは別の教師だった。

落ち着いた声で淡々と話す。


「今日は基礎演術の“実技”を扱います」


「どれも初歩ですが、使い方次第で結果は大きく変わる」


その言葉にユンが小さく頷いた。



最初に呼ばれたのはニーナだった。


作業台の上に小さな金属片が置かれる。


ニーナは一歩前に出て、深く息を吸った。


指先をかざすと、

金属片が――


ふわり、と浮いた。


高くはない。

せいぜい、数センチほど。


だが、確かに床から離れている。


「……わ」


アルスは思わず声を漏らした。

前に見せてもらった時より確実に進歩している。


「安定しているわね」


教師が静かに言う。


「力を入れすぎない方がいい。“浮かせる”というより“離す”と思った方がいい。」


ニーナは集中したまま、ゆっくりと金属片を元に戻した。


「……ふぅ」


小さく息を吐く。


アルスはしばらくその場所から目を離せなかった。


次はユン。


「電気を。接触は不要」


ユンは眼鏡を直し、軽く息を整えた。


杖先にごく微弱な光が走る。

音も出ない程小さなもの。


「……安定している」


教師はそう言ったが、少しだけ視線を留めた。


「ただし、少し慎重すぎる」


ユンはすぐに頷く。


「気をつけます」



最後はリアナ。


「えーっと、風!」


元気よく手を振ると、

ふわっと教室に風が流れた。


強くない。

でも、気持ちいい。


「おお」


誰かが声を漏らす。


「悪くない」


教師もそう言った。


「制御は粗いが、感覚が素直だ」


リアナは満面の笑み。


「やった!」



見学している間、

アルスの頭の中はずっと忙しかった。


炎も、電気も、風も。

そして、ニーナが浮かせた小さな金属片。


(全部、同じ世界の中にあるんだよな)


灰の国で見てきた景色。

旅の途中で触れてきた価値観。


それだけで、

世界を分かったつもりになっていた。


でも。


(ここにはこんなのが普通にある)


────────────


講義が終わり、ニーナが戻ってくる。


「どうだった?」

「……すごかったよ」


アルスは素直に言った。


「ニーナのやつ、特に」

「浮かすやつ?」


「うん。なんか……」


言葉を探してから続ける。


「世界の仕組みをちょっとだけ触った感じがした」


ニーナは一瞬きょとんとしてから、笑った。


「いい言い方ね」


ユンも眼鏡を押し上げて頷く。

リアナは元気よく言った。


「そのうちアルスもできるって!」


アルスはもう一度、実技場を見渡した。


浮かぶもの。

流れる力。

見えないのに、確かにあるもの。


(世界、広いな)


そう思った瞬間、

胸の奥に、静かな高鳴りが残った。


――もっと、知りたい。


そう思った、その直後だった。


ドンッ!!


耳を打つ破裂音が実技場に響いた。


一瞬、空気が跳ねる。


「……っ!?」


アルスは反射的に振り返った。


視界の端で炎が弾けるのが見えた。

火花が散り、床を舐めるように火が走る。


「演術、失敗だ!」


誰かが叫ぶ。


煙が一気に広がり、視界が白くなる。

咳き込みたくなるような匂いが辺りに漂う。


その瞬間、アルスの胸が強く締めつけられた。


(工場の……)


バルアードの、あの時の光景。


機械の爆発。

悲鳴。

倒れた人間。

運ばれていく人々。


「……っ!」


考えるより先に体が動いた。


「アルス!」


ニーナの声が背中から聞こえたが、

アルスは止まらなかった。


煙の中へ駆け込む。


「大丈夫ですか!?」


炎はすでに弱まりつつあった。

だが、焦げた匂いが鼻を突く。


(間に合え……)


そう思った、その時。


煙の向こうで、光が見えた。


炎じゃない。

熱でもない。


淡く、安定した光。


次の瞬間、煙が流れるように晴れた。


そこにあったのは――



"球体"だった。



演術を暴発させた生徒を中心に、

完全な球状の結界が展開している。


表面は透明に近く、

触れれば弾かれそうな、静かな圧がある。


炎はそこに触れた瞬間、消えていた。


「……え」


アルスは足を止めた。


中にいる生徒は、呆然とした顔で座り込んでいる。

服は焦げていない。

肌にも、傷は見当たらない。


ただ、息を荒くしているだけだ。


教師がすぐに駆け寄る。


「大丈夫だ。安心しなさい」


結界に手をかざすと、

それは役目を終えたように、静かに消えた。


周囲がざわめくが稀にあることのようだった。

対照的にアルスは言葉を失っていた。


(守った……?)


あの爆発。

あの距離。


もし、工場だったら。

もし、バルアードだったら。


間違いなく、大怪我か――

下手をすれば、死んでいた。


ニーナが少し遅れてアルスの隣に来る。


「……見た?」


小さな声。


「うん……」


アルスは視線を結界があった場所から離せなかった。


「今のが……」


ニーナがはっきりと言う。


「この学園の“仕組み”みたいね」


アルスはゆっくりと息を吐いた。


昨日、学園長が言っていた言葉。


――致命傷を与えることはできない。


それは、規則でも、理念でもなく。


実際に、そこにあった。


「……やっぱりすごい」


ようやく、そう呟く。


怖さはなかった。

むしろ、胸の奥に広がったのは――


安堵だった。


「誰も……死ななかったんだね」

「ええ」


ニーナは頷く。

アルスは天井を見上げた。


演術が暴れても、

失敗しても、

取り返しがつかないところまでは行かない。


(守るための場所……)


さっきまで感じていた

“世界の広さ”に、

もう一つ、意味が加わった。


この学園はただ教えるだけじゃない。


壊れないための世界を、

形にしている場所なんだ。


アルスは、もう一度、強く思った。


――ここで、もっと知りたい。


今度は、迷いなく。


─────────


爆発のあとの実技場はすぐに落ち着きを取り戻した。

教師が中心に立ち、全員に聞こえるように声を張る。


「いいですか」


ざわめきがすっと引く。


「今のは失敗です。

そして――守られました」


教師は結界が消えた場所を一度だけ見た。


「この学園では致命傷に至る事態は防がれます。ですが」


一拍、置く。


「失敗が許されているわけではありません。

ここで慣れた失敗を学園の外で同じように繰り返したら、どうなるか」


誰も答えない。


「守る仕組みは外にはありません」


教師の声は落ち着いているが厳しかった。


「だからこそ、ここで学びます。

制御を、判断を、引き際を」


一人ひとりを見渡す。


「“死なない”から雑に使うのではない。

“死なせない”ために正確に使うのです。」


短く、はっきりと言い切った。


「講義を続けます」


実技はそのまま再開された。


─────────────


講義が終わり、実技場を出る。


廊下はさっきまでと変わらない。

笑い声も、足音も、普通だ。


アルスは少し不思議な気分だった。


(あんなことがあったのに……)


でも、それがこの学園の日常なのだと、なんとなく分かる。


ユンが歩きながらアルスに声をかけた。


「さっきの結界、気になったのか?」


「……うん」


ユンは少しだけ歩調を落とす。


「致命傷に近づくと、背中の中心から印が反応するんだ」

「印?」


ユンは自分の背中のあたりを指で示す。


「学園に入った時に刻まれる。何も感じなかっただろうが敷地に入った瞬間、刻まれるんだ。」


アルスは思わず背中をさすった。


「ぜんぜん、気づかなかったよ。」


「だろう?だが限界に近づくとそこから結界が広がる」


ユンは淡々と言う。


「自分を中心に、球状に。さっき見た通りだよ」


「……本当にすごいね」


アルスの言葉にユンは首を横に振った。


「すごいけど、万能じゃない。教師も言ってただろ」


「外では、何も守ってくれない」


その言葉が静かに胸に落ちる。


ニーナが少し前で立ち止まり、振り返った。


「だから、ここで学ぶ意味があるのよね」


アルスは頷いた。


爆発。

結界。

そして、教師の言葉。


(失敗してもいい、じゃない)

(失敗しないために、ここがある)


その考え方が妙にしっくりきた。


アルスはもう一度背中の中心を意識してみる。


何も感じない。

けれど。


そこには確かに、

“守られている理由”が刻まれているのだと、分かった。


学園の廊下を歩きながら、

アルスは静かに思った。


――ここで学べるのは、力だけじゃない。


力を、どう使わないかもだ。


──────────────


学園から少し離れた街道沿いに、古い宿があった。


石造りで、背は低い。

看板は風に揺れ、文字もかすれている。


豪華ではないが、旅人には十分だった。


ヴァルドとジークは二階の一室に腰を落ち着けていた。


窓からは遠くに学園の塔が見える。

夜の闇の中でも、その輪郭だけははっきりしていた。


「……でかいな」


ジークがベッドに腰掛けたまま言う。


「城かよ、ほんとに」


ヴァルドは窓際に立ったまま、外を見ている。


「学ぶための場所だ」

「にしちゃ、守りが堅すぎるだろ」


ジークは肩をすくめる。


「結界だの、印だの……」

「中にいる限り、死なねぇんだろ?」


ヴァルドは否定しなかった。


「致命傷は防がれる。だが、外では違う」


「だよな」


ジークは苦笑する。


「俺たちはいつも通りってわけだ」


───────────


宿の下階から、話し声が聞こえる。

酒の匂いと、煮込みの匂いが混じって上がってきた。


この街は平和だった。

だが、守られてはいない。


ヴァルドは剣を壁に立てかけ、手入れを始める。

刃を布で拭きながら、低く言った。


「中は、安全だ」


ジークはそれを聞いて、少しだけ黙った。


「……アルス、楽しそうだったな」

「知ることに、向いている」


ヴァルドの言葉は短い。


ジークは鼻で笑う。

それ以上は言わない。


──────────


しばらくして、ジークが立ち上がり、窓のそばに来た。


塔を見上げる。


「なあ。もし、あいつが……」


言いかけて、止める。


「……いや、いい」


ヴァルドは剣から目を離さず言う。


「長く居るべきだ」

「そうかもな」


ジークは軽く笑った。


「置いてかれる気分だ」


「置いていくつもりはない」

「分かってる」


ジークはそう言って、窓から離れた。



夜が更ける。


宿は静まり、外では風が鳴っている。


ヴァルドは最後に、もう一度だけ学園の塔を見る。


守られた場所。

壊れない世界。


「……」


何も言わず、灯りを落とした。


外は、いつも通りの夜だった。


剣が必要な世界で。



灯りを落としたあとも、すぐには眠れなかった。


ジークはベッドに仰向けになり、天井を見ていた。


「なあ、ヴァルド」


低い声。


「ひとつ、前から気になってたんだけどよ」


ヴァルドは椅子に腰掛けたまま、剣の柄に手を置いている。


「……なんだ」


「なんで、あいつと旅してる?」


間があった。


宿の外で、風が鳴る。


「善人だから、とか。恩があるから、とか。そういうのじゃないよな」


ヴァルドは、すぐには答えなかった。


しばらくして、口を開く。


「最初は、借りだった」


短い言葉。


「そうか」


ジークは頷く。


「でも今は違うだろ。借りだけなら、あんな顔しねぇ」


ヴァルドの指が、わずかに止まった。


「……」


ジークは続ける。


「危ない場面じゃ、前に出る。決断はあいつに委ねる…それに」


少しだけ笑う。


「学園の話をする時、ちょっと嬉しそうだった」


ヴァルドは鼻で息を吐いた。


「……あいつは。世界を、そのまま見ようとする」


ジークは目を閉じたまま聞いている。


「怖がりもする。だが、目を逸らさない」


それは、淡々とした評価だった。


「俺は」


「そういう人間を、あまり知らない」


ジークはゆっくりと上体を起こした。


「だから?」

「だからだ」


ヴァルドはようやくジークを見る。


「死なせたくないと思った」


一言。


飾りのない言葉。


「……へぇ」


ジークは少しだけ驚いた顔をして、すぐに苦笑した。


「お前が、そんなこと言うとはな」


「特別ではない。だが――」


ヴァルドは視線を逸らす。


「あいつが助けを呼ぶ時も、あいつの心が折れるときもそばに居てその選択を尊重する。それでいい」


しばらく、沈黙。


やがてジークが言う。


「ならさ。学園に置いてくのも、正解か」


「そうだ」


即答だった。


「ここは、守られている。俺より、確実に」


ジークはベッドに戻り、天井を見上げる。


「……ちぇ。なんか、悔しいな」


ヴァルドは何も言わなかった。


ただ、灯りの消えた部屋で、

学園の塔が見える方向に、静かに視線を向けていた。


守られる場所と守るしかない場所。


その違いを、噛みしめるように。


夜は、深かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ