第2章 眠る獣と出会った日
放課後。太陽が沈んで間もない時間帯。
工場の裏道を抜け、アルスは廃材置き場へ向かっていた。
授業で使う部品を探すためだ。
鉄の街の裏は静かだった。
油と焦げた鉄の匂い、風に混じる蒸気。
「この辺、まだ使えるのあるはずなんだけど……」
山のように積まれた鉄の中で、何かが崩れた。
ガラン、と音が響く。
アルスは顔を上げた。
鉄屑の間に、灰色の毛が見えた。
「……?」
近づくと、それは人の形をしていた。
毛に覆われた腕。尖った耳。
獣人。
教科書の中でしか見たことのない存在。
だが、息をしている。
「生きてる……!」
アルスは夢中で鉄をどけた。
鉄板をどけるたび、金属がこすれる音が響いた。
「生きてる……!」
男がわずかに顔を上げた。
琥珀色の瞳がアルスを射抜く。
毛むくじゃらの巨体が起き上がる。
「俺、…に構う…な。」
声は低く、冷たかった。
「血が……このままだと——」
「構わん。」
風が吹いた。
鉄と血の匂いが混ざる。
男の呼吸が浅くなる。
その瞬間、男の体が前に崩れた。
「やばっ!」
アルスは慌てて支える。
重い。熱い。
背中に伝わる体温が、まだ確かに生きていることを教えていた。
「……冗談じゃない。助けるしかないじゃん。」
アルスは歯を食いしばり、
男の腕を肩にかけるようにして引きずり始めた。
工場の明かりが遠くに瞬く。
地面を擦る鉄くずの音が夜に響く。
「あと少し……もう少しで家だ……。」
息を切らしながら、アルスは歩き続けた。
灰色の街の風が、鉄の匂いを吹き流していく。
その夜、誰も知らない出会いが生まれた。




