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らけんばるらりでゅーさ・かるさんぽく・たいげめ  作者: chiroru
学園の国 ルクテリオ

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第3章 基礎の基礎

第3章


――ノウス学基礎――


講義室は世界概論の教室よりも小さかった。


机は円に近い配置で黒板の前には簡素な作業台がひとつ置かれている。



アルスは腰を下ろし、周囲を見回した。


「……何も分からないから楽しみだなぁ」

「アルスは最近初めて見たものね」


ニーナはもうノートを開いている。


ほどなくして、扉が開いた。


入ってきたのは若い男の教師だった。

細身で、黒縁の眼鏡をかけている。

年齢は二十代後半か、三十前後。


「おはようございます」


声は落ち着いていて、はっきりしている。


「昨日から新しく入学してきた生徒もいるそうです。なので今日は《ノウス学基礎》の復習から始めましょう……といっても」


少しだけ笑う。


「元々、やるつもりでしたけどね」


アルスとニーナをちらっと見る。


教室に小さなざわめきが起きる。


「安心してください。この講義では使い方は学びません。」


「まずは、何を使っているのかを知るところからです」


─────────────


教師は黒板にゆっくりと文字を書く。


ノウス


「ノウスは“力”ではありません」


「五感で感じることもできません。ですが、どこにでも存在しています」


教師は眼鏡の奥から教室を見渡す。


「この世界を構築している、基盤のようなものです」


「空気や重力に近い。見えないが、

 “ある”ことが前提になっているもの」


アルスはなんとなく自分の手を見た。


見えない。

けれど、無いとも言い切れない。


────────────


「次に」


教師は黒板の横にもう一つ書き足す。


演術


「演術とはノウスを使って、何らかの作用を発動させる行為です」


「火を出す」

「電撃を放つ」

「物を少し浮かせる」


「多くの人が“演術”と聞いて思い浮かべるのはこのあたりでしょう」


ニーナははっきり頷いた。


「重要なのは演術は式を組み立てて発動するという点です。

これらは思いつきで起きているわけではありません」


教師は簡単な図を書いた。


ノウス → 構成 → 発動


「ノウスをどう取り込み、どう流し、どこに作用させるか」


「それを定めるのが演術の“式”です」


─────────────


教師は作業台の上に小さな金属片を置いた。


「例を見せましょう」


腰に下げていた杖を抜き、かざす。

ノウスが流れ、

金属片がふわりと数センチ浮かび上がった。


「これは重力への干渉を最小限に抑えた、ごく単純な式です」


金属片はすぐに元の位置へ戻る。


「通常の演術は式があり、理論があり、

 本人に才さえあれば訓練によって再現できます」


「精度や出力に個人差はあっても、

 同じ式なら基本的に同じ結果が得られる」


ニーナは勢いよくノートを取っていた。


「だから、演術は“教えられる”」


「皆さんが各国で学んできた演術はほとんどがこの範囲です」


教師はそこで一度言葉を切った。


「……ただし」


空気がわずかに変わる。


「すべての演術がこの枠に収まるわけではありません」


黒板にゆっくりと書き足される。


臨界演術


「臨界演術とは」


教師は慎重に言葉を選ぶ。


「ノウスの作用が式として組み立てられる限界を越えた結果、発現する現象です」


「式がない」

「再現できない」

「条件が分からない」


「意図して習得することは出来ない」


アルスは学園の見えない壁を思い出していた。

肌の上をなぞるような、冷たい圧迫感。

あの見えない壁の感触が喉の奥に蘇る。


「臨界演術は」


教師は続ける。


「ノウスの作用が通常とは全く違う形で発現します」


「発現する者の条件などは解明されていません。

この学園の創設者達のように演術を極めた者の場合もあれば戦場の兵士や街の少女に発現する場合もあります。ひとつ共通する点があるとすれば最低限の演術の才があったということ。身分も、年齢も、立場も関係ありません。」


教師は教室を見渡した。


「この中にもいつか、臨界演術に至る者がいるかもしれません」


一瞬の間。


「……もっとも」


すぐに続ける。


「狙ってなれるものではありませんが」


小さな笑いが起きる。


───────────


「最後に、大事なことを」


教師は眼鏡を指で押し上げる。


「ノウスと演術はしばしば混同されます」


「一部の地域では、

 同じ意味で使われていることもある」


「詳しくない人が混同するのも珍しいことではありません。ですから」


少しだけ肩をすくめる。


「日常会話でいちいち訂正はしません。

ですが」


声がわずかに引き締まる。


「理解したい者にとっては区別は重要です」


「なぜなら“何ができるか”ではなく、

 “なぜ起きたのか”を考えるためです」


────────────


「今日はここまで」

「次回からは通常の講義を再開します。

ついてこれない者は復習したり友人に教えてもらうように」


鐘が鳴る。


─────────


講義室を出たあと、

ニーナはしばらく無言だった。


「……ねえ、アルス」


「ん?」


「私さ…今まで演術のこと、全然分かってなかった」


アルスは少し考えてから答えた。


「……だから学ぶんでしょ?」


「…ふふ」


ニーナは黒板の文字を思い出すように言った。


「それもそうね!」


ニーナは、ぱっと表情を明るくした。


「考えすぎてお腹がすいたわ。食堂に行ってみよう!」


アルスは空を見上げた。


見えないもの。

けれど、確かにあるもの。


それを知る場所がここなのだと思った。

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