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らけんばるらりでゅーさ・かるさんぽく・たいげめ  作者: chiroru
商人の国 ルグーナ

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24/28

第9章 来た!祭だ!!力試しだ!!!

次の旅に備えて、アルスとニーナは朝の市場を歩いていた。


まだ日が高くなる前だというのに、人通りは多い。

野菜の籠、干し肉の束、香辛料の袋。

店先には生活の匂いが並び、呼び込みの声が飛び交っている。


「保存食はこれくらいで足りるかな」

「うん。あと紐! 紐は多めに!」


ニーナはやけに元気だった。

昨日までの張りつめた空気が嘘みたいだ。


「そんなにいる?」

「いるの! 旅先で“あっ、紐があれば”って思う瞬間、絶対来るから!」


アルスは苦笑しつつ、言われるがまま革紐を籠に入れた。


買い物を終え、代金を払おうとしたとき。

店の主人が、ふと首を傾げた。


「……あんたたち、今日出るのかい?」

「はい。準備が整ったので」

「そうかい……」


主人は少しだけ残念そうに言った。


「明日の祭りを見ずに出るなんて、もったいないねぇ」

「祭り?」


その瞬間、ニーナの耳がぴくりと動いた。


「なにそれ。どんな祭り?」

「力比べさ。年に一度の。

 石を担いで、腕を組んで、最後は殴り合いだ」


アルスが思わず聞き返す。


「……殴り合いも含まれるんですか」

「含まれるとも。力ってのはな、最後は拳に出るもんだから」


主人は笑った。

ニーナはもう完全に食いついている。


「力比べ……へぇ……」

「……ニーナ?」

「ねえアルス」

「うん、言わなくていい。もう分かる」


二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。


「ヴァルド向きだよね」

「ヴァルド向きだね」


店の主人が目を瞬かせる。


「おや、知り合いが出るのかい?」

「ええ、とびきりの」


ニーナはなぜか誇らしげに言った。


─────────────


宿に戻るとヴァルドはいつも通り静かに装備の手入れをしていた。

ジークは椅子に腰掛け、窓から外を眺めている。


「ヴァルド!優勝よ!」


ニーナがいきなり言い切る。


ヴァルドは顔も上げない。


「断る」

「即答すぎる!」


アルスも前に出る。


「ねえ、聞いて! 力比べの祭りがあるんだって!」

「聞かない」

「獣人部門もあるらしいよ!」


ヴァルドの手が一瞬止まったが、すぐに再開された。


「目立つ」

「いいじゃない!」


ニーナは腕を組む。


「賞金が出るのよ?」

「要らん」

「宿代と食費が浮くのよ?」

「……」


アルスが身を乗り出す。


「それにさ、純粋な力勝負だよ?」


ヴァルドはちらりとアルスを見る。


「……お前まで乗り気か」

「うん。正直、見てみたい」


ジークがそこで口を開いた。


「確かにいいかもな」

「……」


「獣人部門だ。人間相手に加減する必要はない」

「……」

「祭りだ。勝っても恨みは買わない」

「……」

「負けても笑い話で済む」


ヴァルドは深く息を吐いた。


「……正論を積むな」

「積まないと動かないだろ」


ジークは肩をすくめる。


ニーナがにやりと笑った。


「つまり、出るのね!」

「……嫌々だぞ」

「それで十分!」


アルスは拳を握った。


「よし! じゃあ応援する準備しなきゃ!」


ヴァルドは立ち上がり、ぼそりと言った。


「借りだからな」


ニーナとアルスは顔を見合わせ、声を揃えた。


「望むところ!」


こうして――

誰も深刻にならないまま、

力比べ祭りへの参加が決まった。


───────────


翌朝。


宿の窓を叩く音と、人の声で目が覚めた。


「──力比べだぞー!」

「本番は昼からだー!」


アルスは半分寝ぼけたまま身を起こす。


「……なんか……外、騒がしくない……?」


ニーナはすでに起きていた。

いや、起きていたというより、窓に張り付いている。


「ねぇ見て! もう屋台出てる!」

「早すぎない……?」


ジークは椅子に座ったまま、落ち着いた様子で言う。


「祭りの日はこんなもんだ。

 準備してる側は、前日から寝ないもんだ」


ヴァルドは壁にもたれて腕を組んでいた。


「……今から行くのか」

「もちろん!」

「出番は昼だ」

「雰囲気を味わうのも大事なの!」


有無を言わせない調子でニーナが言う。


────────────


会場は町の中央広場だった。


普段は何もない広場に、

今日は巨大な木組みと縄、そして明らかにおかしいサイズの岩が並んでいる。


「……でか……」


アルスが思わず呟く。


人の背丈ほどの岩。

それより一回り大きいもの。

そして、冗談みたいなサイズのもの。


「これ……担ぐの……?」

「担ぐんだろうな」


ジークは面白そうに目を細める。


観客席にはすでに人だかりができていた。

子どもが肩車され、酒を飲んでいる大人が笑い声を上げる。


「今年は誰が優勝だ!?」

「去年のやつ、また出てるぞ!」


そんな声が飛び交う中、

獣人たちが次々と集まってくる。


熊。

牛。

筋肉が盛り上がった犬。


アルスはその中にひときわ目を引く存在を見つけた。


「……あれ」


縞模様の毛並み。

しなやかだが厚みのある体。

腕を組んで、静かに岩を見つめている。


「虎だな」


ジークが即座に言う。


「見た感じ、経験者だ。

“見せる力”じゃなくて“使う力”の持ち主だな」


ニーナがヴァルドを見る。


「ライバル?」

「知らん」

「絶対強いじゃない」

「関係ない」


ヴァルドは視線を逸らした。


─────────────


受付が始まる。

係の男が名簿を広げて叫ぶ。


「獣人部門、参加者は前へ!」


ヴァルドが一歩前に出ると、

周囲の視線が一斉に集まった。


「……でかくない?」

「狼だぞ」

「去年こんなのいたか?」


係の男がヴァルドを見上げる。


「名前は?」

「……ヴァルド」

「職業は?」

「旅人」


係の男は一瞬だけ止まり、

肩をすくめて書き込んだ。


「まあいいや。じゃあ、順番は──」


ジークが後ろからアルスとニーナに小声で言う。


「ここからが本番だ」


ニーナは拳を握りしめている。


「……なんか緊張してきた」

「出るのはヴァルドなのに?」

「応援する側も緊張するの!」


太鼓が鳴る。


ドン、ドン、と低い音が広場に響く。


司会が高らかに宣言した。


「それでは始めよう!力比べ祭り・獣人部門!」


歓声が上がる。


「第一種目──

 岩担ぎ!」


巨大な岩の列が改めて注目を浴びた。


司会が続ける。


「より重い岩を担ぎ上げた者が勝者!

 落としたら失格!無理はするなよ、死ぬぞ!」


笑い声が起こる。


ヴァルドは一番小さな岩の前に立った。


「……あれからか」

「様子見だな」


太鼓が鳴る。


ドン。


ヴァルドが腰を落とし、岩に手をかけた。


ここで広場の空気がわずかに張りつめる。


――まだ、誰も騒いでいない。

だが、

これから騒ぐことになる。


─────────────


第一種目・岩担ぎ



太鼓の低音が腹の奥まで響いた。


ドン。


広場に並べられた岩の前で獣人たちが一斉に腰を落とす。

その瞬間、空気が変わった。


「来るぞ……」


誰かが呟いた。


ヴァルドは最も小さな岩の前に立っていた。

人の腰ほどの高さ、表面は荒く削られ、重量は見た目以上。

だが、彼の視線はすでにその“次”を見ている。


ジークは腕を組み、低い声で言った。


「まず見るべきは背中だ」


アルスは思わず視線を凝らす。


ヴァルドの背中。

狼特有のしなやかだが密度の高い筋繊維。

肩甲骨は浮き出すほど可動域が広く、背骨は真っ直ぐに通っている。


「狼は“瞬発型”だと思われがちだがな」

「違うの?」


「違う。敵を追い続ける持久型だ。しかも、無駄な筋肉が少ない」


太鼓が鳴る。


ドン。


ヴァルドが岩に手をかけた。


――持ち上げた。


いとも簡単に、とは言えない。

だが、重さに“潰されていない”。


「おお……」


観客席から、低いどよめき。


ヴァルドの動きは遅い。

だがそれは重さからではない。


関節を一つずつ、順番に使っている。


足首。

膝。

股関節。

腰。

背中。

肩。


まるで図解のように、力が連動していく。


「筋力じゃない。“構造”で持ち上げているんだ」


ジークのテンションが高い。


岩は胸の高さまで来た。


司会が叫ぶ。


「成功! 次の岩へ!」


ヴァルドは岩を下ろし、次へ向かう。


二つ目。

一回り大きい。


他の獣人たちも、次々と挑む。


熊は力任せに持ち上げ、肩で支える。

牛は体重を預けるように担ぐ。


それぞれの“やり方”がある。


だが――


「狼は違う」


ジークが言う。


「担がない。支える」


ヴァルドは腰を深く落とし、

岩を体に“預ける”位置を探る。


その瞬間。


筋肉が、浮き上がった。


背中から腰にかけて走る、細かい筋の線。

盛り上がるのではなく、締まる。


「……あ」


アルスは息を呑んだ。


(工場で見たことがある……歯車みたいだ)


重さに逆らわない。

重さと“噛み合う”。


岩が浮いた。


観客の声が大きくなる。


「まだいけるぞ!」

「狼、やるじゃねえか!」


ヴァルドは何も言わず、次へ。


三つ目。


――ここで、空気が変わった。


岩は人の背丈を超え、

表面には亀裂が走っている。


誰もが分かる。


ここから先は別物だ。


数人の獣人が挑み、

持ち上げきれずに脱落していく。


汗。

荒い呼吸。

歯を食いしばる音。


その中で。


「……来たな」


ジークが呟いた。


虎が前に出た。


縞模様の毛皮。

しなやかな四肢。

だが、肩と腕の筋肉は明らかに異質。


「虎は“爆発力”だ」


ジークの解説が始まる。


「瞬間的な筋出力が高い。敵を押さえ、地面を蹴る」


虎獣人は一気に岩に組みついた。


――持ち上げる。


一瞬。


本当に、一瞬だけ。


だがその瞬間の力は凄まじい。


岩が、確かに浮いた。


観客が沸く。


「すげえ!」

「今の見たか!?」


だが、次の瞬間。


虎の腕が、わずかに震えた。


「……長くは持たない」


ジークの声は冷静だった。


「爆発力は高いが維持には向かない」


岩が落ちる。


砂煙。


獣人は落ちた岩を見下ろしてから、ふっと笑った。


「いやぁ〜、重ぇなこれ!」


その声は妙に明るかった。


観客が一瞬きょとんとする。


「惜しかったな!」

「もうちょいだったぞ!」


虎の獣人は手を振って応える。


「だろ?

今の結構いいとこまで行ったと思うんだけどな!」


そう言って自然な仕草で首を回し、肩をほぐす。


(……明るい人だなぁ)


アルスは思った。


力を出し切れなかった悔しさより、

「次がある」ことを楽しんでいる顔だ。


ジークが口の端を上げる。


虎はヴァルドの方を見ると、

にっと歯を見せて笑った。


「なあ、兄ちゃん!」


ヴァルドが視線を向ける。


「お前、さっきから岩の“持ち方”が綺麗すぎるんだよ。職人か?」


「……仕事だ」


「だよな!俺、力任せだからさ!見てて分かる!」


観客がどっと笑った。


「いい性格してんな!」

「強いのに嫌味がねぇ!」


虎は肩をすくめる。


「強い奴は強い!それでいいだろ?」


ジークが小さく呟く。


「……いい奴だな」


ヴァルドは返事をしない。

だが、ほんの一瞬だけ、

視線を逸らさなかった。


───────────


そして。


ヴァルドは最後の岩の前に立った。


さっきまでの岩とは質が違う。


大きさではない。

“重さの乗り方”が違う。


表面は滑らかで体に預けにくい。


「……あれ、無理じゃない?」


ニーナが小声で言う。


「普通ならな」


ジークは淡々と続ける。


「だが、狼の身体だ。分からないぞ」


ヴァルドが腰を落とす。


ここで観客の誰かが叫んだ。


「やめとけ!」

「怪我するぞ!」


虎も腕を組んで声をかける。


「兄ちゃん!無理なら無理でいいぞ!

もう十分すげぇからな!」


ヴァルドは答えない。

呼吸を整える。


吸って


吐く。


その背中は盛り上がらない。


締まる。


筋肉が重さを拒否しない。


――噛み合う。


岩が浮いた。


「……!」


観客の喉が鳴る。


だが、それ以上は持ち上げない。


ヴァルドは静かに岩を下ろした。


砂煙。


一瞬の沈黙。


司会が恐る恐る確認する。


「……これ以上の岩を担いだ者は、他に……いないな?」


虎が、

真っ先に手を挙げた。


「いねぇだろ!俺は無理だった!」


そして、拍手が起きる。


一人が叩き、

二人が叩き、

やがて、広場全体が鳴った。


司会が叫ぶ。


「第一種目・岩担ぎ!

 勝者、ヴァルド!!」


歓声。


虎は大股でヴァルドの前に来る。


「すげぇよ、ほんとに。

 俺、ああいう身体の使い方できねぇ」


虎はヴァルドの前で胸を張った。


「俺はガルド。この町で荷運びやってる。力比べは今年で三回目だ!」


にっと歯を見せる、気持ちのいい笑顔。


ヴァルドは――

何も言わない。


視線も合わせず、

ただ一度だけ軽く首を回した。


「…………」


数秒の沈黙。


観客の中から、くすっと笑い声が漏れる。


「……あー、そういうタイプか」


ガルドは肩をすくめ、両手を上げた。


「やれやれ。無口ってやつだな!」


まったく気にした様子もなく、

ヴァルドの隣に並ぶ。


「ま、いいや。言葉はいらねぇ。次は腕だろ?」


ヴァルドはほんの一瞬だけガルドを見る。


「……そうだ」


それだけ。


ガルドは一瞬きょとんとしたあと、

腹を抱えて笑った。


「ははっ!喋るじゃねぇか!」


ジークが後ろでぼそりと呟く。


「相性が悪いようで、悪くないな」


ニーナは口元を押さえて笑っていた。


「なにこの空気……」


アルスも苦笑する。



太鼓が、再び鳴る。


ドン。


司会が叫んだ。


「続いて第二種目!腕相撲!!」


ガルドは拳を鳴らしながら、

振り返って言った。


「手加減はなしだぞ、兄ちゃん!」

「……ああ」


短い返事。


だが、

それで十分だった。


祭りはまだまだ終わらない。


───────────


第二種目・腕相撲



円形の台がいくつも並べられ、

獣人たちが次々と肘をついていく。


岩担ぎの熱がまだ残っているせいか、

観客の視線は自然とヴァルドの方へ集まっていた。


「次は腕相撲だ!」


司会の声が響く。


ヴァルドの前に座ったのは熊獣人だった。


背が高い。

肩幅が異様に広く、首が短い。

胸から腕にかけての厚みは、

まるで一枚の岩のように連なっている。


前腕は丸太のようで、

手首の境目が分からない。


「……あれは……」


ニーナが言葉を探す。


「でかい」


「熊だな」


ジークが少し低い声で言った。


「静的な力の塊だ」

「静的?」


アルスが聞き返す。


「瞬間的な爆発力じゃない。

 止まった状態で、力を出し続ける構造だ」


熊獣人は肘を台につき、

微動だにしない。


「関節が硬い。可動域は狭いが、

 その分“固定”が強ぇ」


熊獣人が低く唸る。


「……岩担ぎは見事だった。

 だが、ここは俺の土俵だ」


「……そうか」


ヴァルドは短く返した。


「よーい……始め!」


二人の腕が組み合う。


――動かない。


熊獣人の腕は台の上でぴくりとも動かない。


まるで、

そこだけ時間が止まったかのようだ。


「……うわ」


ジークが、素直な声を漏らす。


「これは嫌だなぁ。

 正面から当たりたくないタイプだ」


「嫌って言い方、ひどくない?」


ニーナがつっこむ。


「褒めてる。

 ああいうのが一番厄介だ」


熊獣人の肩、背中、腰。

全身が一つの塊のように噛み合っている。


力を出していないように見えるが、

違う。


すでに最大効率で支えている。


「ほら、見ろ。

 肘、全然浮かねぇだろ?」


アルスは目を凝らした。


「……本当だ。

 台に貼り付いてるみたいだ」


「固定力がえげつない」


熊獣人が、

ゆっくりと体重を前に預ける。


ヴァルドの腕が、

わずかに傾いた。


観客がざわめく。


「押されてるぞ……!」


ニーナが息を呑む。


「ヴァルド……!」


だが、

そこで止まった。


それ以上、

腕は動かない。


ジークは目を細める。


「今のが熊の完成形だ」


熊獣人は歯を食いしばり、

全身で押し込んでいる。


その直後――


ヴァルドの肩が、

ほんのわずかに下がった。


アルスがはっとする。


「……あれ?」

「来たな」


ジークの声が、落ちる。


ヴァルドの身体が変わる。

筋肉が盛り上がるわけじゃない。

沈む。


肩が下がり、

肘が台に吸い付く。


(……重さを、逃がしてる……)


アルスは直感的に理解した。


「熊は一点集中だ」


ジークが淡々と言う。


「ヴァルドは、全身分散」


熊獣人の肩が、

ほんの一瞬だけ前に流れた。


それだけで、

均衡が崩れる。


ヴァルドの腕が、

ゆっくり、確実に押し返す。


「……っ!!」


熊獣人が踏ん張るが、

戻らない。


ドン。


勝負が決まった。


歓声。


「……良かった……」


アルスが息を吐く。


「心臓に悪いわよ、これ」


ニーナも肩の力を抜いた。


ジークは、満足そうに笑う。


「腕相撲はな。

 体の本性が、隠れねぇ」


別の卓で、

虎獣人ガルドがあっさり負ける。


「ほらな!」


ガルドは笑って手を振る。


「言ったろ?

 俺、これ向いてねぇって!」


「でもあんた去年の2位だろ!ならこの成績じゃ決勝じゃねえか?」


観客も笑う。

だが――

ガルドは一度だけ、

ヴァルドを見た。


楽しそうに。


そして、

最後の種目へ。


───────────


第三種目・ファイト



――力は、拳に出る。


闘技場の中央に二人が立つ。


ヴァルド。

そして、虎獣人のガルド。


砂を踏みしめる音が、やけに大きく聞こえた。


ガルドは軽く腕を回し、首を鳴らす。


「いやぁ……やっぱ最後はここだよな」

「……」


ヴァルドは答えない。

視線はガルドの胸元に落ちている。


ジークは腕を組み、落ち着いた声で言った。


「いい組み合わせだ」


ニーナが小声で聞く。


「どういう意味?」

「構造が真逆だ」


アルスも目を凝らす。


ガルドの体は、厚みがある。

特に胸郭と肩回り。

鎖骨が短く、肩関節が前に出ている。


「虎型の獣人はな…」


ジークは淡々と続ける。


「肩甲骨が肋骨に固定されすぎていない。

 その分、腕を振り出す速度が速い」


「パンチ向きってこと?」


「正確には、

 叩く・引く・押さえ込む動きに特化してる」


一方で――


ヴァルド。


背中から腰にかけて、一直線に通る軸。

骨盤が立ち、股関節の可動域が広い。


「狼型は脚、つまり下半身主導だ」


ジークの視線が鋭くなる。


「ヤツらは走るために脊柱の伸展と収縮を使う。」


アルスははっとする。


「……だから、踏み込みが短いんだ」

「そう。距離を詰めるより、距離を殺す」


──────────


開始の合図。


二人は、すぐには動かない。


円を描くように、足を運ぶ。


ガルドが先に仕掛けた。


軽い踏み込み。

探るようなジャブ。


ヴァルドは半歩だけ下がる。


「今のは様子見だな」


ジークが言う。


「虎はな、

 最初に“相手の反応速度”を測るんだ」


二発、三発。


拳が風を切る。


ヴァルドは受けない。

避けるでもない。


位置をずらす。


「……静かだな」


ニーナが呟く。


「静かすぎる」


その瞬間。


ガルドの拳が、

一段深く踏み込んで飛んだ。


本気の一撃。


ヴァルドは、

腕で受けた。


だが――弾かない。


「今の受け方、見たか?」


ジークが低く言う。


「前腕で止めて、衝撃を肩から背中に逃がしてる」


ガルドが目を細める。


「……硬ぇな」


楽しそうだ。


次は、ガルドが距離を詰める。


連打。


前腕、肩、体幹。

虎の身体が連続した力を生む。


「虎の腕は肘が内に入りやすい」


ジークの声が続く。


「だから近距離で強い。

 “掴んで殴る”のが得意だ」


ガルドが、

ヴァルドの腕を絡め取ろうとする。


だが。


ヴァルドは踏み込んだ。


下から。


短い。

だが、深い。


「……来たな」


ジークの声がわずかに低くなる。


「狼の踏み込みは、脚じゃない。腰だ」


拳が走る。


ガルドは受ける。


だが、

その一撃で後退した。


「……っ!」


砂が跳ねる。


ガルドは、

すぐに笑った。


「はは……いいの、入ったな」


ジークは頷く。


「今のは“打撃”じゃない。重心を叩いたこの違い分かるか?分からねぇかぁ。」


すでに酔っている


二人は、再び距離を取る。


息が荒くなり始める。


観客は、

誰も声を出さない。


「次だ」


ジークが言った。


「次の一手で、互いに限界が見えてくるぞ」


ガルドが踏み込む。


全力。


虎の爆発力。


――その瞬間。


ヴァルドの体が沈む。


「……」


何かが噛み合う音がした気がした。


拳が、

真っ直ぐではなく、斜めに走る。


「カウンターだぁ!」


ジークが騒ぐ。


衝撃。


だが――

ガルドは倒れなかった。


踏みとどまる。


一瞬、

何が起きたのか分からないという顔をした。


(……動かねぇ)


自分の身体が、

一拍、遅れている。


ヴァルドはその“遅れ”を逃さない。


次の一歩は追撃じゃない。

位置取りだ。


ガルドの正面から、

わずかに角度をずらす。


「……っ!」


ガルドが拳を振るが、

空を切る。


その瞬間、

ヴァルドの拳が入る。


短い。

肋骨の隙間。


衝撃が胸郭を揺らす。


「ぐ……!」


止まらない。


次は肩。

次は脇腹。


大振りじゃない。

叩きつけない。


全部、体幹を削る打撃。


ジークが言った。


「すげぇ!既にヴァルドのペースだ!」


ジークのテンションがおかしな事になっている。


ガルドは前に出ようとする。


だが、重心が戻らない。


ガルドは歯を食いしばる。


呼吸がわずかに乱れる。


その乱れに合わせて、

ガードが“閉じ切らなくなる”。


肩が落ち、肘がほんの数センチ開いた。


ヴァルドは見逃さない。


踏み込まない。


腰だけを、ひねる。


体幹から力が螺旋を描いて伝わる。


拳は下から。


ひねりを効かせたアッパー。


顎ではない。

胸郭の内側を、掬い上げる軌道。


「……っ!!」


衝撃が身体の中心を貫く。


ガルドの視界が一瞬、白くなり膝が崩れた。


砂に、片膝。


完全に倒れることはない。


だが、

もう立てない。何も見えていない。


静寂


司会が遅れて叫ぶ。


「勝者――ヴァルド!!」


歓声が爆発する。


ヴァルドは一歩下がり、

短く息を吐いた。


「……強かったぞ」


ガルドは顔を上げ、にやっと笑う。


───────────


賞金袋がずしり、と音を立てた。


「優勝者、獣人部門――ヴァルド!」


司会の声と拍手に包まれながら、

ヴァルドは無言で袋を受け取った。


中身を確かめることもせず、

そのままアルスに差し出す。


「…やったぁぁ!」


3人が飛び上がり、喜ぶ。


「でもさ」

「……なんだ」

「明日、絶対寝坊しないでよね!」


アルスが吹き出す。


「ニーナ、それ今言うこと?」

「大事でしょ!明日出発なんだから!」


ヴァルドは短く息を吐いた。


「……分かった」


────────────


祭りの夜のルグーナは昼より騒がしかった。


屋台の灯りが通りを染め、

酒の匂いと笑い声が混ざり合う。


ジークはというと――

すでに地元の親父さんやら兄ちゃんやらに囲まれていた。


「おぉ、あんちゃん!さっきの試合、見たぞ!」

「獣人部門、痺れたなぁ!」

「飲め飲め!」


「おー、いいねぇ!こういうのが祭りだよなぁ!」


杯が次々に置かれ、

ジークは満更でもなさそうに笑っている。


「いやぁ、今日来て正解だったわ。良いもん見たし、良い酒だし」


完全に溶け込んでいた。


───────────


一方その頃。


アルスとニーナは完全にテンションがおかしくなっていた。


「ねぇねぇ、あの最後のアッパー!こう、腰をひねって――!」

「いやいや、あそこは踏み込みじゃなくて半歩ズラしてからだよ!」


二人してぎこちない真似を始める。


「こう?」

「違う違う!もっと静かに!でも一気に!」


笑いながら、何度もやり直す。


ヴァルドは少し離れたところでそれを黙って見ていた。


そう思った、その時。


「おーい、狼の兄ちゃん!」


聞き覚えのある声。


振り向くとガルドが酒杯を片手に立っていた。


顔は赤い。

かなり出来上がっている。


「いやぁ〜……参った参った」


肩にどん、と体重を預けてくる。


「近い……」

「強ぇし、渋いし、なんなんだよあの勝ち方!」


ヴァルドは一歩横にずれ距離を取る。


「……飲みすぎだ」

「それが祭りだろ?」


ガルドは笑い、杯を掲げる。


「ま、またどっかでやろうぜ。次は殴り合いじゃなくて、普通に飲みでな」


ヴァルドは少しだけ考え、

短く答えた。


「……無理だ」


ガルドは満足そうに頷いた。


「それで十分だ!」


会話が噛み合わない。

夜はそのまま賑やかに更けていった。


───────────


翌朝。


宿の二階。


窓から差し込む光の中でヴァルドは静かに目を開けた。


体は重くない。

頭も冴えている。


いつもの朝だ。


立ち上がり、部屋を見回す。


──静かすぎる。


隣のベッド。


アルスは布団に埋もれて完全に沈黙。


反対側。


ニーナは髪を盛大に広げたまま微動だにしない。


「……」


ヴァルドは腕を組んだ。


(……寝坊するな、か)


ゆっくりとため息を吐く。


「……起きろ」


返事は、ない。


階下から誰かのいびきが聞こえた。


おそらく、ジークだ。


ヴァルドは窓を開け、

朝のルグーナの空気を吸い込む。


祭りの翌朝は驚くほど静かだった。


「……俺だけか」


そう呟いてヴァルドは一人、

準備を始めた。


――次の旅に向けて。


その頃、

アルスとニーナはまだ、夢の中で拳を振っていた。


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