第5章 揺らぐ番号
瓦礫と壁に押しつぶされそうな小さな古い倉庫。
壁はひび割れ、板はところどころ欠け、誰が見ても廃屋だ。
だけど──
欠けた板の隙間から
ぼんやりした光と小さな息遣いが漏れていた。
3番がその扉に手をかける。
「……みんな……いるから……」
ギィ……
扉が開くと
薄暗い空間の中で2つの影がこちらを振り返った。3番の言っていた通りなら
背が少し高い少年──2番
怯えた顔の幼い女の子──4番
2人は4番の後ろに続くアルスたちを見て固まった。
2番「3番、後ろは誰だ?」
4番「……こわい……」
その時。
倉庫の奥から静かに、
しかし確かな強さを持つ声が飛んだ。
「どうした。」
空気が、張りつめる。
布の仕切りを押しのけて現れたのは──
1番。
アルスより少し幼い少年。
体は小さいが目だけは鋭く、
その目には“疑わない信念”が宿っていた。
「……1番……」
1番は3番に近づくと表情一つ変えず言った。
「戻ってきたんだな。良かった。」
その一言にアルスは息を呑んだ。
(……子どもなのに、“群れの中心”の空気だ……)
ニーナは歯を噛みしめる。
「杖を盗んだの、あんたたちでしょ!」
1番はニーナを真っすぐ見た。
まばたきすらしない。
「盗んでいない。“取り返した”だけだ。」
3番が勢いを取り戻す。
「そうだよ!ぼくらは間違ってない!」
「あの人達が言ってた。これは正しいことだって。」
「あの人達……?」
アルス(“あの人達”……この子たちを……)
ヴァルドの目が険しくなり、
ジークは観察を続けていた。
1番は一歩前へ出て
敵意のない、しかし揺るぎない声で言った。
「帰れ。ここは僕たちの家だ。」
「帰れるわけないでしょ!杖が──」
「帰れ。」
短く、強く。
それは命令の声だった。
4番の女の子が1番の袖を掴んで震える。
1番はその頭を軽く撫でた。
「大丈夫。俺がいる。」
優しい声。
しかし、その優しさは“檻”のようだった。
ジークはつぶやく。
(……完全に刷り込まれてる。この子は説得じゃ動かないな。)
アルスは唇を噛む。
ニーナは叫び出しそうな怒りを飲み込む。
ヴァルドはただ沈黙で圧を放つ。
このままでは話にならない。
けれど、4人は確信した。
この子たちは“1番”を中心に生きている。
そしてその1番は“あの人達”に操られている。
──────────────
ルグーナの夕暮れの中をアルスたちは一言も話さず歩いていた。
ニーナだけが抑えきれない様子で口を開く。
「……なんなのよ、あれ……!」
足音が怒っている。
「“正しい”って……?“帰れ”って……?
こっちは杖を盗られてるのに……!」
アルスは、胸に重い塊を抱えたまま小さく答えた。
「……あの子たち、本当に信じてるんだよ。
自分たちが正しいって。」
「だからって……!」
ニーナは言葉を探すように拳を握る。
その横でヴァルドが低く呟いた。
「……危険だ。」
「同感だな。」
「危険? なんでよ?」
ジークは淡々と説明する。
「1番の目を見ただろ。
あれは“正義を信じ切った目”だ。
間違いだと言われても揺らがないタイプだ。」
アルスはその言葉に思わず頷いた。
「うん……。まっすぐすぎるっていうか……怖いくらいだった。」
ヴァルドは険しい表情で続けた。
「奴らの背後にいる“大人”──
あれが本当に厄介だ。」
「大人……か。」
アルスとニーナは顔を見合わせる。
あの子どもたちの言葉、態度、信念。
その奥には必ず“大人の存在”があった。
───────────────
アルスたちが去ったあと、
アジトの倉庫には静けさが落ちていた。
夕日が小さな窓から差し込み、埃の粒が金色に浮かんでいる。
子どもたちは丸く集まり、
1番がみんなの顔を順に見回した。
「……大丈夫か?」
4番が1番の服をぎゅっとつかんだ。
「…あの人達、もう来ないよね?……」
1番は優しく頭を撫でる。
「平気さ。アイツらはもう来ない。なんも怖くないぞ」
2番は考え込む。
「本当にそう思うのか?どう見ても……“本気”だったぞ。杖を取り返す気だ。」
1番の表情が一瞬だけ曇る。
「……もし来ても大丈夫だ。俺らは何も悪いことしてない。負けることはないさ。」
その言葉の強さは逆に“自分を支えるための呪文”のようだ。
そんな1番を見ながら、
3番は布団の端に座りこみ、膝を抱えていた。
目の焦点が定まらない。
4番が心配そうに覗き込む。
「……3番、だいじょうぶ……?」
3番はかすれた声で答える。
「……うん、だいじょうぶだよ……」
でも“だいじょうぶな声”じゃなかった。
だが、3人は気づけない。
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夜が訪れ、倉庫の中に子どもたちの寝息が広がる。
4番は1番の隣で眠り、
2番は入り口側で警戒するように横になっていた。
1番はときどき寝返りを打つ。
そして──
誰も気づかないほど静かに、
布がめくれた。
3番が起き上がる。
小柄な影がそっと靴を履き、
音を立てないように扉へ歩いていく。
月明かりに照らされた横顔は怖さと決意の両方を含んでいた。
「……きいてみなきゃ……」
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるようにささやいた。
(ぼくたち本当に“正しい”よね?)
だがそれを言葉にすることはできなかった。
1番を裏切りたくない。
仲間を裏切りたくない。
でも──胸のざわつきが消えない。
そっと扉に手をかける。
ギィ……。
音がしないように慎重に閉めると
3番の影は夜の路地に紛れていった。
誰もそのことに気づかなかった。




