第1章 灰の国の朝
鉄の音で朝が始まる。
工場の笛が街を揺らし、灰色の煙が空を覆う。
アルスは机の上で、小さな歯車を回していた。
「……うん、動いた。」
背後から叔父の声がする。
「また朝からそれか。」
「うん。学校で使うんだ。」
「真面目なのはいいが、目を休めろ。鉄ばかり見てると目まで灰色になるぞ。」
「もうなってるよ。」
叔父は笑って肩をすくめた。
「今日は誇りを思い出す日だったか?早く準備してしまえ」
「うへぇ、またそれ?」
「お前の国が成り立ってるのは、それのおかげだ。」
「……うん、わかってるけどさ。」
――この国、バルアード連合は“働く者の国”だ。
かつて多くの人々が獣人たちに職を奪われた。
力も速さも、人より上。
だから一部の人々は国を捨て、同じ境遇の者たち同士が集まり、作ったのがこの灰色の国だ。
工場の煙が空を覆い、太陽はほとんど見えない。
子どもも大人も“働く”ことが何よりの誇りだ。
怠け者は獣人と同じくらい嫌われる。
子どもでも小さな部品の組み立て仕事をしている。
学校でも働くための授業が中心だった。
アルスは別にそれを嫌ってはいなかった。
けれど、どこか窮屈だった。
「……灰色ばっかりの空じゃ、どんな夢も見えなくなるよな。」
***
教室には油と鉄粉の匂いが漂っていた。
学校の教室には、金属の匂いが染みついている。
先生がチョークで黒板を叩いた。
「覚えとけ。機械は正直だ。だが獣人は違う。」
隣のマルクがぼそっと言う。
「また始まったよ……」
「多くの大人たちが職を失ったのはあいつらのせいだ。奴らは姑息で意地汚い。
力があるだけで、働き者たちの仕事を奪った。
だからこの国は、“人の手で動く国”として立ったんだ。」
クラスの全員が「はい!」と答える。
机の下で指先が無意識に歯車を回す。
カチ、カチ
音がやけに響いた。
「…どうしてそんなに嫌えるんだろう。…見たこともないのに」
小声でつぶやいたその言葉をマルクが聞き逃さなかった。
「また変なこと言ってる。先生に聞かれたら怒られるぞ。」
「あはは、気をつけるよ。」




