第2章 ルグーナ、到着
馬車が城門の前に止まった瞬間、
ニーナの目がぱあっと輝いた。
「わああっ……!人がいっぱい! お店もいっぱい!!」
声まで跳ねている。
門の中からは音楽みたいなざわざわが聞こえ、
屋台の匂いが風に乗ってくる。
アルスも思わず息を飲んだ。
「……こんな国、ほんとにあるんだ。」
ジークは肩で笑い、
ヴァルドは「はしゃぎすぎるな」と言いたそうに目を細めている。
城門をくぐった瞬間、
ニーナは一歩だけ前へ飛び出した。
「きゃ……! 色! におい! なんかすごい!」
彼女が指さす先では、
屋台の人が空中でナイフを回していたり、
旅芸人がシャボン玉みたいな光の球を飛ばしていたり、
布屋の店先には風でひらひら踊るスカーフが吊ってあったり。
ニーナは全部に「わあ!」「きれい!」「なにこれ!?」と大忙し。
アルスはと言うと──
別のところに目を奪われていた。
「うわ……この建物、鉄の打ち方がバルアードとまったく違う……。」
「え、どこどこ?」
ニーナがひょいっと戻ってくる。
アルスは壁を指した。
「ほら、継ぎ目が薄いだろ?俺の国だともっと厚くするんだけど……どうやって熱入れてるんだろうな……」
「へぇ〜……(よくわかってないけど)」
ニーナはうんうん頷きつつ、
次の瞬間には屋台のクレープに釘付け。
「ちょっとアルス! あれ甘そう! 絶対おいしいやつ!」
「ニーナ、目が忙しすぎるって……!」
ジークが笑い、
ヴァルドは深いため息をついた。
ニーナはぐるりと回って、両手を広げる。
「私、こういう国来たことなかったんだよ!
人が多くて、知らないものがいっぱいあって……!」
アルスもつられて笑いそうになる。
「気持ちすんごいわかるよ。」
人混みを歩きながらニーナがアルスの横にぴょこっと並ぶ。
「アルスって、けっこう詳しいよね。鉄とか建物とか。」
「生まれた国がそういう国だったからね!
小さい頃からそういうのは見てたんだ。」
「へぇ〜……!じゃあアルスはこういう国は嫌?」
「全然嫌じゃないよ!むしろ知らないことだらけですごく楽しいよ。少し怖いけどね」
照れくさそうに言うアルスに、
ニーナは満面の笑みを返した。
「うんっ! わかる!」
ふたりの後ろで、
ジークが謎の満足げな顔をしている。
ヴァルドはそんな3人を見守りつつ、
ひとりだけ空気を読まずに警戒を続けていた。
(……妙な視線。)
だが、あまりに賑やかでそれが一瞬の錯覚にも思えてしまうほどだった。
屋台の行列に並んでいたとき、
アルスがふと横の通りを指さした。
「……あれ? あの杖、ニーナのに似てるね。」
人混みの向こうで黒い布を羽織った人物が
杖を片手に歩いていた。
青い石の形、
金属の装飾、
柄の模様──
どこか、見覚えがある。
ニーナは首を傾げた。
「ほんとだ!
こんな杖、そう見かけるものじゃないのに……。」
「珍しいの?」
「珍しいわよ! 元はおばあ様の物なの」
ニーナは自分の腰に視線を落とした。
……次の瞬間、顔が凍りつく。
「──え?」
あったはずの重さが、ない。
そこにあるべき杖が、どこにもない。
「え……えっ……!?
うそ、なんで……!?
ついさっきまで……!」
アルスも血の気が引く。
「じゃあ、あれ……!」
黒衣の人物は
こちらを見ることなく人混みへと紛れようとしていた。
ジークが叫ぶ。
「追うぞ!」
ヴァルドはすでに走り出していた。
走力は凄まじいが人混みでは発揮できない。
「どいてくれ!」「すみません!」
4人は必死に駆ける。
黒衣は器用に人の間をすり抜け、屋台の裏路地へと逃げ込んだ。
人混みを縫うように黒衣を追い、
屋台と屋台の間の細い路地へ飛び込む。
黒衣は木箱、樽、荷車の隙間を器用に抜けていく。
「逃がすもんですか!!」
ニーナは息を切らしながらも声を張り上げる。
その迫力に、通りの人々が思わず道を開けた。
ニーナの声がかすれる。
角を曲がると細い路地にゴミ箱と木箱が積まれ、人影はその奥の階段へ。
ヴァルドが木箱を飛び越えようとしたが──
「くっ……!」
階段の途中で黒衣の姿が揺れ、
そのまま別の通路へすべり込み……
完全に消えた。
路地には、人のざわめきだけが戻ってくる。
アルスは肩で息をしながら言った。
「……見失った……。」
ニーナも膝に手をつき、
唇を強く噛んだ。
「……あれは……私の杖よ……。
絶対取り返さなきゃ……!」
震える声に、怒りと悔しさと、少しの怖さが混じっていた。
「どうする?」
ニーナは強気で言い放つ。
「当然、取り返すに決まってるじゃない。私の大事な杖よ?
あれがなかったら旅も演術も全部出来ないじゃない。」
そしてニーナは、
3人をぐるっと見回し、
にこっと、
だが目は全然笑っていない顔で言った。
「――もちろん、協力してくれるわよね?」
ヴァルドは即答した。
「残念だが、俺たちは──」
「もちろんだよ。」
ヴァルドの言葉を遮るように、
アルスが迷わず言い切った。
ニーナが目を見開く。
「アルス……!」
アルスは肩で息をしながらも、
しっかりと頷いた。
「だって、あれ……ニーナにとってすごく大事なんだろ?
それに……目の前で困ってるのに、
放っておけるわけないよ。」
その言葉に、ジークもふっと笑う。
「ま、そういうことだな。
ヴァルド、俺たちは若き者達の役に立つべきではないか?。」
ヴァルドは深いため息をひとつつき、
それでもうなずいた。
「……わかった。」
ニーナは胸の前で拳をぎゅっと握った。
「……ありがとう。
本当にありがとう。」
4人の距離が、ここで一気に縮まった。
商人の国での物語がこうして本格的に動き出す。




