第5章 知らぬままゆく
夕暮れの村。
風がわずかに吹き、風車がゆっくり回る。
村人たちは空を見上げ、祈りの言葉を口にしていた。
「助けてくれて……ありがとう」
男が頭を下げる。
ヴァルドは何も言わず、ただ短く頷いた。
アルスが彼の隣に並ぶ。
「なんだったんだろう、あれ」
「分からん。確かめる術もない。危険なものだ。触るな。」
ヴァルドは歩きながら答えた。
「理屈の立たないものに理屈を求めるな。命や大事なものを失う。」
アルスはそれ以上、何も言えなかった。
⸻
村を出る丘の上。
空は茜色に染まり、風が頬を撫でた。
「……約束、覚えているか?」
ヴァルドが口を開く。
「もちろん忘れてないよ。」
ヴァルドの声は低いが、どこか柔らかい。
「俺が危険を感じた時は、お前も引き下がる。
それが約束だ。」
二人はしばらく黙って歩く。
「次は……もう少し上手くやるよ。」
アルスの声に、ヴァルドが短く応えた。
「頼む。」
風が二人の間を抜ける。
セルアの風は、もう止まっていなかった。
⸻
灰色の空。
煙突の立ち並ぶ街の外れで、アルスは鞄を握りしめていた。
ヴァルドが無言で立っている。
「ねえ、ヴァルド。僕、世界を見てみたい。」
「見てどうする。」
「知らないままでいるのが嫌なんだ。」
ヴァルドは短く息を吐き、
剣の柄を軽く叩いた。
「俺は導かない。危険な時は止まる。
お前が無理を通そうとしたら、置いていく。」
アルスは頷いた。
「分かった。その時は僕も引き下がるよ。」
「それが約束だ。」
「うん、分かってる。」
遠くの空。
灰色の雲の向こうに、かすかに青が覗いていた。
⸻
現在
セルアの風が、二人の背を押した。
ヴァルドの外套がはためく。
アルスは一度だけ振り返る。
風車が小さく回り、陽光を反射した。
「行くぞ。」
ヴァルドが歩き出す。
アルスは頷き、
灰の国から続く旅路を、再び踏み出した。




