10 - 旅の準備
翌朝。あたしが目を覚ますと、朱月さんは既に起きているようだった。
時計がないからわからないけど、朝日が昇り始めている頃かな。
彼は木の上に上り、周囲を警戒していた。
そういえば、昨晩念糸を使って会話できてたけど、従魔契約をしたこと(本意ではない契約だけど)で、わかったことがある。
それは、念糸を使わずとも意思疎通ができる、念話を習得できたこと。
他の人とできるかはまだわからない。主となった相手なら念話が使えるということもありえるし。
『朱月さーん。おはよー』
あたしの呼びかけに気づいた朱月さんはこちらをちらっとみて、木の上から飛び降りると、綺麗に地面へ着地。
その綺麗な着地に、さすが暗殺者だなと感心した。
というか、暗殺者に獣人の力が加わったなら、かなり強くなっているのではないだろうか。
だけど確か、昨日あったときはズタボロだったのが不思議。
「起きたか。それで、お前はこれからどうすんだ?」
『むぅ、日和って呼んで!』
「ふん。気が向いたらな」
それっていつになるんだって思いながら、ジト目で朱月さんを見る。
すると朱月さんはめんどくさそうに小さくため息をついて、あたしに近づいてきた。
「従魔契約、だったか?あれをしたことで俺も気づいたことがある」
『え、そうなの?なになに?』
「お前の感情がわかるようになった。昨日まではただの蜘蛛の顔だった。だが、人間のようにはっきりとした感じではないが、似たような表情をしているのがわかる」
『へぇ~、そうなんだ。ところで、あたしってどんな蜘蛛なの?』
「小型犬より一回り大きいくらいだ。この辺には見たことのない生き物がいるが、この森にはお前と同じような種類の生き物は見ていない」
『ふむふむ……というか、なんだか昨日よりよく喋るようになったね?』
あたしがそう言うと、朱月さんはばつが悪そうにして、
「俺は、わけがわからないまま、この森にいた。人間を見つけたと思ったが、言語が理解できず意思疎通もでないままだ。それから数日飲まず食わずだった。そして、標的だったお前はどうやら事情を知っているらしい。俺が生き残れるなら、お前に協力する方が得策だろ。そう考えただけだ」
『おお~、さすがですね』
「馬鹿にしてんのか?まぁそもそも、今のお前との状況を、鬼灯月渚が知ったら、俺はただじゃすまないだろうがな」
『それは、確かに……』
そうだ、今の状況をお姉ちゃんが知ったらどう思うかな。
朱月さんはあたしの仇だけど、あたしは蜘蛛の魔物になっちゃったけど、こうして生きている。
まぁそのせいで、朱月さんと従魔契約をしちゃった状態なわけだけど……。
「従魔契約とやらがお前の言う通りなら、お前は俺の言いなりになるってことだよな?」
『そうだと思うけど……な、なにかさせる気!?』
「何もしねぇよ。それに、標的だったお前には助けられた恩があるからな」
『ほぇ~、案外律儀なんだね。ねぇ、朱月さんはどうして暗殺者なんかやってたの?』
「……昔ボスに命を助けられたことがある。その恩を返すためだ。だから、ボスからの命令は絶対遂行する」
『そうだったんだ?ちょっと聞きたいんだけど、どうしてあたし達は組織に裏切られたの?』
あたしの質問に、朱月さんは言葉を詰まらせていた。
言えない理由でもあるのだろうか?
「それに関しては、俺も疑問に思っていた。鬼灯月渚、そして鬼灯日和は優秀な暗殺者だと認識している。だが、ボスからは鬼灯月渚と鬼灯日和の排除だった。優秀な二人を何故殺す必要があるのか俺にはわからなかったが、ボスからの指令は絶対だ。理由なんてどうでもよかった」
『そんな優秀だったなんてっ』
「……」
『な、なんで黙るんですか?』
「ふっ、調子に乗っているお前にイラついただけだ」
『なんでよっ!』
そんな会話をしながら、あたし達はこれからの事を話し合うのだった。
◇◆◇
ドルドさんとの摸擬戦を終え、次の日を迎えていた。
昨日の摸擬戦は楽しかった。
10人くらいとやってみたが、その中には身体強化の魔法を使う人もいて、なかなかに楽しめた。
勝敗は10勝1敗。
ドルドさんは私に負けたことが余程悔しかったのか、身体強化ありで摸擬戦をすることになって、その時初めて負けた。
身体強化という魔法は、身体能力を通常の2倍の力、速度を向上させる魔法らしい。
身体強化状態のドルドさんとは、いい戦いができて、接戦だった。
油断した隙をつかれ、私はドルドさんに後れを取ってしまって敗北。
悔しい気持ちはあるけど、なんだかすがすがしかった。
まぁその後、ドルドさんはソフィアに身体強化を使うなんて卑怯だって言われて、落ち込んでいたけど。
昨日の摸擬戦もあって、今日の私はお休みをもらった。
お昼くらいまでのんびりして、昼食を食べ終わった後、食後の散歩にでかけようとお店を出たところ、バゼット村長に声をかけられた。
「ようルナ。今からどこかへ行くのか?」
「バゼット村長、こんにちは。少し食後の散歩をしようと思ってたところです」
「そうなのか。なら丁度いい、今からわしの家へ来てくれないか?」
「はい、いいですよ」
私は二つ返事で、バゼット村長の誘いを承諾する。
それからバゼット村長の後をついて行き、目的地に到着すると、ネリネさんが出迎えてくれた。
先日も案内された応接室へ案内され、ソファーに座って待機していると、バゼット村長が入ってきた。
手には古びた四角い箱を持っており、それを私の前に置いた。
「お前さんにまずは報告だ。お前さんが主都へ向かう日取りが決まった」
「もう決まったんですか?何から何までまかせてしまってすいません」
「気にするなと言っただろう。出発は3日後。そういえば、ドルドから聞いたが、武器はナイフの方がいいのか?」
「そうですね……剣等はは使ったことがないので、ナイフが助かります」
「そうか、わかった。であれば、こちらも渡しておこう」
バゼット村長はさっき私の前に置いた木箱を開ける。
中には1本のナイフが、綺麗に梱包されていた。
「これはダガーナイフ。昔知人から貰ったんだが、倉庫に眠らせていた。わしが使うこともないからな、お前さんにやるよ。出発まで3日しかないが、その間に鍛錬でもするといい。ドルドから聞いた通りなら、お前さんは余裕だろ?」
お前なら3日で使いこなせるだろ?というニュアンスで、バゼット村長は行ってくる。
正直ダガーナイフは過去に使ったことはあるし、まったく問題ない。
「ダガーナイフは使ったことがありますので、問題ありません」
私はダガーナイフを手に取り、鞘から剣身を確認する。
まるで未使用のような輝きをしていて、私が知っているダガーと同じだ。
グリップも握りやすく、とても軽い。
ダガーナイフを鞘に納めると、バゼット村長は腰にダガーナイフを駆けれるようにホルダーも準備してくれていた。
私はそれを受け取り、お礼を告げる。
いつか、この村にはなにか恩返しがしたいなと、深く心に刻み込んだ。
村長の家を後にし、私はサンリさんのお店に戻る。
お店の中に入ると、いつもカウンターにいるサンリさんはいなかった。
珍しいなと思いながら、お店を出て少し広めの場所に行き、腰に掛けたダガーナイフを鞘から抜き、素振りを始める。
昨日の摸擬戦のおかげか、完全に感を取り戻せたようだ。
動きにキレが増し、日本にいた時と同じような動きができる。
「ふっ、はっ、やっ!」
発声と共に、ダガーナイフを振る。
やはり、身体を動かすのは気持ちがいい。
主都へ向かう途中、何があっても戦うことはできそうだ。
上から下へ振り、切り返して反対方向へ下から上へダガーをVの字に振る。
ダガーナイフを次は逆手に持ち、動きを確認する。
うん、こちらも問題なさそうだ。
自分の動きに満足して、お店に入ろうと振り向くと、いつからいたのかサンリさんがこちらを見ていた。
「あら、もう終わっちゃうの?すごく恰好よかったのに」
「さ、サンリさん……いつから見てたんですか」
身体の動きは取り戻したけど、気配察知に関してはまだまだのようだ。
こちらも、3日間のうちに鍛錬しなくちゃね。
「ルナちゃんが声を出しながら短剣を振ってるあたりから?」
「……それって、ほぼ最初からじゃないですか」
「ふふっ。ルナちゃんが強いってドルドから聞いてたけど、動きを見て理解したわ」
「お世辞はいいですよ」
「お世辞じゃないわよ。そうそう、そろそろ夕飯時だから呼びに来たのよ」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
サンリさんに言われて、ようやく日が沈みかけていることに気づいた。
時間も忘れて集中できた証拠ではあるけど、まだまだ修行がたりないなと思いながら、私はサンリさんの後を追ってお店に戻るのだった。。




