神代の修復者
「今は昔、神々が俗世に深く関わっていたころ。そのころを神代と我々老いぼれは呼んでいるがな、神々が中心となって俗世をも巻き込んだそれは大きな出来事があってな。これはその時自分で体験したことのほんの断片の話だ」
*
村外れのさびれた道を一人の大男と小柄な娘が歩いていた。この時代にこのように旅人が居ることは特段珍しいものではない。ただ娘の見た目を除いては。娘は巫女に似た装束をまとい頭と腰には獣、例えるならば狐に近い耳と尻尾が生えていた。娘は大男に呼びかけた。
「これ紀之介、もっときびきび歩かんか!」
紀之介と呼ばれた男は編み笠を被り腰には男の背丈の8割ほどはある大太刀を帯びていた。ただの旅人というには異質な雰囲気を纏う男は娘に対し気怠げに答えた。
「無茶を言わんで下さい真約様。俺は完全に神であるアンタとは違って半分は人間なんだ。十六里も権能なしに歩かされるこっちの身にもなってくれ。」
「文句を言うでない!ほぼ全ての八百万の神々が偽神に取って変わられてからかなり時がたっておる。今はまだ人の世に大きな影響は出ていないようじゃがな。いずれはーーー」
偽神、突如として神々の住まう桃源に現れた妖に近しい異形のもの。当初は神々も抵抗をしたものの戦闘向きでない権能を持つ神々から取り込まれ取って代わられていった。これを危機とした最高位の神格を持つ天照大御神により偽神に対抗すべく新たに産み出されたのが契約の神である真約だ。当の天照は天岩戸に閉じこもることで偽神の影響を無くしている。
「あぁ…分かりましたよ何度目ですかその話、まぁ命を救ってもらった手前命令であるならきちんとやり遂げますとも。ところで真約様、次の偽神は?」
「このあたりの村は古来より豊穣の神を祀っていると聞く。具体的な神の名などは神そのものの数が多すぎてわからぬが、今後より強い神を取り込んだ偽神に対抗するためには豊穣の権能のうちの治癒の術が必要になるじゃろうからな。妾も母上様に治癒の権能は借り受けておるが紀之介自身で使えた方が何かと都合がよいからな。」
紀之介は真約の契約の権能を通じて神々の権能を借り受けることができる。此度は回復の権能を今後使用するために豊穣の神を取り込んだ偽神を打ち倒しに来たというわけだ。
「先に偽神の親玉を叩いた方が手っ取り早く仕留められそうなものですがね」
「妾らの目的は偽神を殺し、本来の神を戻すことじゃ。そのためにはお主が強くある必要がある。とはいえ只人の身では神には勝てぬ。少しずつ権能を借り受けてゆくしかあるまい。」
「それもそうですね…お、村が見えてきましたよ」
紀之介と真約が目にしたのはかなり大規模な村だった。
*
村へ着くと紀之介と真約は認識阻害の権能を使い、今後についての策を練っていた。
「思ったよりも規模の大きな村でしたね。ここで正直に神を殺すなんて言ったらまともに取り合っちゃくれませんよ」
「うむ、少し探る必要がありそうじゃな。」
二人はその後も策を練っていたがそこに近づいてくる一人の村民が居た。
「あのう、見かけない顔ですけど旅の方ですか?」
「!?」
二人は驚くとともに大きく飛びずさった。
「馬鹿な!認識阻害の権能で普通の人の子には妾らのことは見えぬはず…」
「その‘‘普通‘‘ではないんでしょうよ…」
村娘は不安そうな目で二人を伺っている。
「あの、驚かせてしまって申し訳ございません。申し遅れました。私この村の村長の娘、よねと申します。」
よねと名乗った娘の様子を見て真約は気づいた。
(この娘、どうやら妾の耳は見えていないようじゃ。)
真約の耳と尻尾には先ほどのものよりも強力な認識阻害の権能が使われており、これは神に準ずる力を持つものでないと見破ることはできない。
(と、いうことは神の気にあてられたってことです?)
(じゃろうな。これは幸いじゃ。)
二人は視線で会話を交わし、その後よねに対して
「すまない嬢ちゃん。少し驚いただけだ。俺たちは八百万の神々をめぐる旅をしていてね。この村には豊穣の神が居ると聞いてやってきたんだ」
「そうじゃ、お主なにか知らぬか?」
よねは少し考えたのち答えた。
「ユタガミ様ですかね?」
*
数刻後、村長の家にて。よねに説明してもらい、村長に話を聞くことができた。
「その、ユタガミ様について詳しく教えていただけますか?」
「ええ、構いません。ユタガミ様はこの村がまだ数軒単位の小さな村だったころからこの土地におられる土地神様です。土地神様といってもほかの土地神様と違いどうやら信仰ではなく周辺の自然の活力を糧にしているようでして、そのお力の強さはすさまじく村をここまで繁栄することができました。しかし…」
「しかし…?」
村長は言葉に迷っているようだったがついに決心して話し出した。
「最近、とはいってもここ数年の話ですが。ユタガミ様の様子がどうもおかしいのです。というのもこれまでユタガミ様には必要な時に供物をささげその対価として村の作物の豊作を約束していただいておりました。しかし今のユタガミ様は我々が豊穣を願いに行かないときにも供物をお求めになるようになりました。これまでユタガミ様には助けていただいた御恩もあるのでそれ自体は構わないのですが…」
村長はまた言葉に詰まった。
「供物の内容に何か問題が?」
紀之介は問いかけた。すると村長はゆっくりそして深くうなずき、また話し始めた。
「これまで供物は主に村でとれた作物や、村民が狩ってきた肉などが中心でした。しかし今は…村民から毎年一人の生贄を所望するようになりまして…」
(生贄…間違いなく偽神の仕業じゃろうな)
(ですよね…直接会いに行きますか)
「なるほど…少し気になることがあるのでユタガミ様に会わせていただけませんか?」
村長は驚きと困惑の目で2人を見つめ、やがてこう答えた。
「それ自体は構いませんが、我々はあまりお力にはなれないかもしれません。直近のユタガミ様は眷属の雉を通じて我々に意思をお伝えくださっているので直接お会いできないのです。」
*
ひとまず今日のところは村長に空き家を貸してもらい、寝泊りすることになった。明日の朝早くよねにユタガミ様の社へ案内してもらう手はずになっている。紀之介と真約は権能の契約の見直しと武具の手入れをしつつ明日の予定について話していた。
「村長の話から察するにユタガミは信仰を必要とせずに強い権能を振るえるようじゃな。」
「これまでと違って偽神に成り代わったときにおこる信仰のブレが弱らせることにつながらないというのはなかなか厄介ですね」
「うむ、それに眷属として獣を使役できるようじゃからの。そちらも対策しておかねばならぬ。」
神殺しというものは容易なものではないので都度こうして二人は策を練り、挑むのである。
「で、真約様今俺に貸与できる権能はいくつまでです?」
「常に貸与している武神の剛身の権能を除くと5つが限度じゃな。それ以上はおぬしの体がもたぬ。」
紀之介は半神であるため真約とは違い契約しその身に宿すことができる権能の数に制限がある。そのため普段は真約が借り受けた権能をストックしておき必要なときに紀之介に貸し出すという方法をとっている。
「叔父上殿から借り受けた、須佐之男の権能も貸せないこともないが身体への負担が大きいからの、最終手段とでも考えておけ。」
「承知しました。では、炎の権能、風よけの加護、八岐の呪いの3つで残り二つは須佐之男の権能用に残しておいていざというときにすぐ借り受けられるようにしようと思います」
「うむ妾もそれで異存ない。」
二人はその後も翌日に向けての準備を進めてゆくのであった。
*
翌朝早くよねが迎えにやってきた。
「お早う御座います。紀之介様、真約様、朝餉を食べたらすぐに出ようと思うのですが準備はお済でしょうか?」
よねが戸の前で声をかけると真約が戸を開けて出てきた。
「うむ、準備は済んでおる。あとはこのうつけを起こせば完璧じゃ。」
「うつけ呼ばわりは勘弁してください真約様。ちゃんと起きましたから」
「では、朝餉にしましょう!」
よねの用意した朝食を三人で食べ、よねの案内の元ユタガミの社へと向かった。
「ところでお二人の関係はどういったものなんです?」
よねは先ほどの二人の様子を見て気になったようだ。
「ちょっとした主従関係じゃよ。」
(真約様一体おいくつなんだろう?)
「まぁそんなとこだ。お、あれがユタガミ様の社かい?嬢ちゃん」
「そうです…あの!お二人が何をされるおつもりかは分かりませんができればユタガミ様をお願いします。なんとなくお二人になら頼める気がするので」
「頼まれた」「紀之介に任せておくのじゃ」
*
危険があるといけないのでよねには真約とともに隠れていてもらい、紀之介は社の前まで歩み寄りこう話した。
「我の名は紀之介!天照大御神の命を受け豊穣の神へ会いに来た!村人からユタガミと称されるあなたに問おう!何故に生贄を望む!」
しばらく周囲が静まった後社の中から紀之介よりもさらに大きな体格の男が現れた大きさは一丈一間にも及ぶだろうか。しかしその雰囲気は人の持つそれではなかった。男、いや神は答えた。
「ではこちらからも逆に問おう。何故に生贄を欲してはならぬ。今まで村の者どもは微量の対価によって恩恵を受けていた。それが適切な対価になっただけのこと。」
紀之介は腰の大太刀に手をかけながら返す。
「それもそうだ。して、アンタ偽神だな?」
「ほう?天照から命を受けたのは本当らしい。」
二人は問答を終えるや否や即己の獲物を抜き交戦を始めた。ユタガミ、もとい偽神は斬馬刀に近い巨大な刀を振りぬいた。紀之介はすんでのところでそれを躱しながら叫ぶ。
「真約様、よねを結界で守ってください!」
「心得ておる!」
真約が結界を貼りよねに言う。
「良いか、よね。奴はユタガミではないユタガミを取り込んだ偽神と呼ばれるアヤシモノじゃ。」
状況が呑み込めない様子のよねに真約はなおも続ける。
「妾らはそのアヤシモノを殺し元の神へ戻すためにここへ来た。安心せい、奴を殺せばすべて元通りじゃ。」
よねはまだ完全には理解していないようだが真約の説明に一度自分を納得させ再び戦いへ目を向けた。まだ戦いは続いているものの少し紀之介が劣勢だ。偽神が紀之介に告げる。
「小僧、さっさとその大太刀を鞘から抜いたらどうだ?鞘では我を殺すどころか傷つけることもかなわんぞ。」
紀之介は偽神の圧倒的な力に冷や汗をかきながら答える。
「お気遣いどーも、あいにくこいつは抜くのに時間がかかる代物でね。もう少し待ってやくれないかね」
(とはいえあんな馬鹿でかいもんまともに食らえばいくら権能があるとはいえ無事じゃすまんな。ここは短期で決着をつける…!)
偽神の振り下ろした刀を受け止めたのち大きく飛び退き、紀之介は唱えた。
「桃源にはびこる悪しき妖。払うべく我に力を授け給え。炎神 火之迦具土神」
言い終わると同時に大太刀を抜くと刀身からは周囲を焼き尽くすほどの勢いの豪火が噴出した。
それを見た真約が叫ぶ。
「よいか紀之介その炎はお主の身をも焼く!長時間の戦は身を滅ぼすぞ!」
「承知!!!!」
言うや否や紀之介は大きく振りかぶり偽神へ向かっていった。偽神のほうも迎え撃つべく斬馬刀で受け止める姿勢に入る。
「人の子如きにかの火之迦具土神が権能を貸すとは、神も堕ちたな!」
「人じゃねぇ半神だ!その余裕もすぐ崩してやらぁ!」
鍔迫り合いに入ると同時に周囲の様子が変化する。どうやら豊穣の権能で使役された動植物が紀之介を攻撃しようとしているようだ。
よねと真約が警告しようとしたが既に遅かった。やりのように変化した植物のツルや矢のごとく向かってくる雉に紀之介は体を貫かれた。
「天照の使いともあろうものがこの程度か、やはり神は使えんな。さて、次はお前たちだ。」
偽神の注意が真約たちに向いた背後で貫かれた紀之介の体が禍々しい気を放っていた。
「次はお前たち?何を言っておるまだお主の相手は死んでおらぬよ」
真約が示すとそこには先ほどよりも強力な殺気を放つ紀之介が立っていた。
「やってくれたな偽神さんよぉ、クソ痛いし何より死にかけだが、これでやっと発動できた。八岐の呪いだ。」
あまりの禍々しさに偽神やよねが動揺する中真約が説明する。
「おぬしらは八岐大蛇を知っておるか?太古の昔に殺されたというのが通説じゃがなそれは一部間違いじゃ。奴は生きておる呪いという形でな。そしてこれは妾が大蛇より借り受けそして紀之介に貸し与えた呪いじゃ。」
「そういうことだ。致命傷を受けないと発動しないってのが玉にキズだが呪いだから仕方がねぇ。何よりこれで俺はかの八岐大蛇と同じ8つ頭の大蛇をこの身に宿したってわけだ。さぁ仕切り直しだぜ?」
偽神は説明を聞いてすぐ紀之介に飛び掛かった。
「面白い。八岐大蛇の力、見せてみろ!」
八岐の呪いが発動したことで偽神の使役する動植物に対応ができるようになったものの未だに強大な力を持つ偽神に対して決定打を与えられずにいる。そのことに真約は焦っていた。
(まずい、本来ならばすぐにでも治療しなければならない傷に加え炎神の権能も使用しているこの状況。
紀之介の体が持たぬ。)
紀之介自身もそれはひしひしと感じていることであった。
(このままだとジリ貧だな。かくなる上は…)
再び刀を弾き返し大きく距離を取ってから真約に言う。
「須佐之男の権能の貸与契約を申し込む!!」
一瞬反応が遅れたのち真約は宣言を受理し権能を紀之介へ貸与する。
「これより我が叔父上より預かりし権能を眷属に対し貸与する!」
すると紀之介からまばゆい光があふれ力が増す。偽神は慌てて止めに入るがあまりの圧に吹き飛ばされ岩壁にたたきつけられてしまう。
「さて、終わらせようか」
そこからは圧倒的であった権能で使役されるものはすべて大太刀で焼き尽くし、偽神を呪いによる八つ蛇で拘束したうえで言った。
「なにか言い残すことでも?」
偽神は薄ら笑いを浮かべながら言う。
「我を殺したところでまだ同族は健在。思い上がるなよ。」
「そうか。じゃあ返してもらうぞユタガミを」
大太刀を須佐之男の力で作り出した弓で引いて構える。
「神術 加具土命の矢」
複数の神の力を混ぜ込んだ一撃によって偽神は打ち倒された。その後、紀之介も権能を解き気を失い倒れこんだ。そこへ結界を解いた真約とよねが駆け寄る。
「このおおうつけが!無茶ばかりしおって!」
「紀之介様お気をしっかり!」
「すぐに母上様から借り受けた治癒の権能を!」
真約が治療をしようとするとそれを制止する声がした。
「その必要はない。」
見ると背後には先ほど倒された偽神と同じ姿の神が立っていた。しかし先ほどとは違い驚くほど表情は穏やかだ。
「お主が本物のユタガミじゃな?」
真約の問いに神は大きく頷く。
「左様。今回は天照様の使いには世話になった。私がその男の治療をしよう。」
ユタガミが治療を始めると傷はみるみるふさがり後も残らないほど完治した。
「さすがに借り物の力とは比べ物にならぬほど凄まじいのう。」
「これで大丈夫であろう。だが、しばらくは目を覚まさんな。」
紀之介の治療を終わらせた後ユタガミはよねに向き直り言った。
「娘よ、此度のことすまなかった。私が取り込まれたばかりに村人を犠牲にしてしまった。今後、供物をささげる必要はない旨、長に伝えてくれぬか?」
「いえ、気にしないでください。仕方ないことだったので。それに供物は私どもからの感謝の意でもあります。これからも受け取って末代までよろしくお願いします。」
「ダッハッハ!そこまで言われては仕方ないな。こちらも豊作を期待しておこう。」
*
その後村に戻ったよねは事の顛末を村人たちを集めて説明した。最初は懐疑的な声もあったが真約が正体を明かしたことですぐに信じられた。そして紀之介も目を覚ましたので二人は出立することにした。 村長は「せめて感謝の祭りを」と言っていたがまだやるべきことがあると言って断った。
出発する直前、二人はまゆに挨拶をしてゆくことにした。
「此度は世話になったな、よね」
「本当に助かったぜ嬢ちゃん」
「いえ、感謝をするべきなのはこちらの方です。それより、本当にもう行ってしまわれるのですか?もう少しごゆっくりなされても…」
まだ未練のありそうなよねに真約は諭すように言う
「そんな顔をするな、妾達にはまだやるべきことがある。それが終わればきっとここへまた来ると約束しよう」
「そうだぞ嬢ちゃん。なによりこの村は飯がうまいからな」
「きっとですよ!」
「ああ」
そうして二人は村に背を向け、次の偽神退治へと向かうのであった。