100円ショップ
私は死んだ。
心臓発作での突然死。
とはいえ、70近くまで生きたから、
まあ、いい人生だったと言えるだろう。
三途の川らしき小川を渡ると
目の前に、この場所には不似合いな建物が見えてきた。
『100円ショップ あの世』と書いてある。
「あの世に100円ショップ?」
私は不思議に思ったが、入ってみることにした。
自動ドアを通って店に入ると、カウンターには店員らしき、赤鬼と青鬼がいた。
「いらっしゃいませ!あの世にようこそ!」
妙に元気のいい店員(鬼)だ。
私は、店の棚に並んでいるものを見てみた。
普通の100円ショップにはないものが並んでいる。
その中の一つに目が留まった。
それは、私が生前に使っていたマグカップだった。
思えば、営業職で仕事一筋だった私は、家を留守にすることが多かった。
家で落ち着いてコーヒーを飲むことなど、ほとんどなかった。
「夫婦水入らずでコーヒーでも飲んでゆっくり過ごす時間が欲しかったな。。。」
「それは、後悔ですね。」
ウワッ!
突然赤い顔が後ろから覗いてきたので、私は驚いてマグカップを落としそうになった。
「これは失礼。この店には、お客様の後悔や未練にかかわる品を揃えてございます。」
赤鬼が営業口調で話す。
「後悔や未練か・・・」
思えば私の人生も後悔や未練だらけだった。
一番の後悔は、、、
「これで御座いますね。」
赤鬼が画材を持ってきた。
若いころ、私は画家になりたかった。美大に入って、画家を目指して勉強をしていた。しかし、画家では食っていけない。私は妻との結婚を機に画家の道をあきらめたのだった。
「絵描きになっていたら、どんな人生だっただろう?」
「お客様、人生に、もしも?はございません。」
赤鬼が言う通りだ。人生に、もしも?はない。
「お客様、この店で未練や後悔の品を買うも買わないも自由で御座います。もし、欲しい品があれば、来世にお持ちください。」
「未練や後悔を来世に?」
「そうでございます。未練や後悔を来世で晴らすのでございます。」
来世で、未練や後悔を晴らすか。。。
私は迷っていた。妻や娘との思い出が走馬灯のように蘇る。そうだ、未練や後悔はあるが、私は幸せな人生だった。
来世は来世で、きっと、いい人生になるはずだ。今世の未練や後悔に来世も縛られたくはない。来世の幸せは来世の自分自身で掴むのだ。
「店員さん。」
「はい、何でございましょう?」
「私には、この店の商品は必要ないようだ。」
「そうでございますか。では、よい来世を。」
私は店員に見送られて、店を出た。
今世の未練や後悔を手放し、私は来世へと歩き出した。
来世も、きっといい人生が待っているはずだ。