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第7話:マスターの時計


 いつもは寡黙なマスターが、その日は少しだけ遅れて店に現れた。


 珍しいことに、エプロンを着けたまま、何度も腕時計を見ている。


 最初の客は、定年退職した元教師の老人だった。


「珍しいですね。マスターが時間を気にするなんて」


「ええ、今日は少し……“ある人”が来る約束をしていましてね」


「恋人ですか?」


「まさか。四十年前、時計を預けたままの友人です」


 老人は目を丸くする。


「四十年も?」


「“就職したら、迎えに来る”と言ってました。でも、来なかった。時計だけが、ずっとここに残ったままです」


 マスターは笑うが、その横顔はどこか寂しげだった。


 そのとき、ドアが開いた。

 小柄な女性がゆっくり入ってくる。年齢は七十に近いか。


 彼女は言った。


「すみません。お店、まだ開いてますか?」


 マスターは一瞬だけ時を止めたように黙り込んだが、すぐに微笑んだ。


「ええ。あなたを、待ってました」


 女性はそっと、古びた封筒を取り出した。中には、手紙と古い写真。


「彼……ずっと、病気で。会いに来たくても来られなくて。でも、最後に“時計を返してきてくれ”って」


 マスターは黙って受け取り、四十年前と同じ場所に、時計を置いた。


「……やっと、時間が動き出した気がします」


 女性はほっとした顔でコーヒーを一口。


「彼が、ここを“帰る場所”って言ってた理由が、わかる気がします」


 マスターは笑った。


「ここは、止まった時間をリセットする場所でもありますから」


 時計の針が、ひとつ進んだ。

 店内は静かに、春の夕暮れを迎えていた。



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