第6話:ココアをひとつ、砂糖はふたつ
夜の帳が降りかけた頃、喫茶リセットのドアがゆっくりと開いた。
入ってきたのは、制服姿の女子高校生。目を赤くしていた。
「……ココア、ください」
それだけを言って、窓際の席に腰を下ろす。
マスターは何も聞かず、湯気の立つカップをそっと置いた。
彼女は一口すすると、ため息混じりにぽつりと呟いた。
「私、今日、友達にひどいこと言っちゃって……。自分が嫌になる」
マスターは黙ったまま、カウンターの奥から、小さな瓶を取り出した。中には角砂糖。
「砂糖、いりますか?」
「……甘すぎるのは苦手だけど、今日はふたつ、入れてもいいですか」
ココアの中に、角砂糖がふたつ落ちる。じゅわりと音を立てて溶けていった。
「人にひどいことを言って、こんなふうに反省できる人は、優しい人ですよ」
マスターの言葉に、彼女は驚いた顔をする。
「優しくなんか、ないですよ。自分勝手で、子どもみたいで……」
「大人だって、間違えます。喫茶リセットには、間違えたまま来るお客さんがたくさんいます」
「……それでも、いいんですか?」
「もちろん。ここは、名前の通り“リセット”する場所ですから」
彼女はもう一口ココアを飲んだ。今度は、少しだけ笑った顔で。
「じゃあ、帰ったら、ちゃんと謝ってきます」
「それができたら、もう十分立派ですよ」
その言葉に、彼女はこくんとうなずいた。
立ち上がって一礼したあと、ドアの前で振り返ってこう言った。
「……明日は、砂糖ひとつで飲めるようになりたいな」
マスターはにっこりと笑った。
「きっと、できますよ」
夜風が、甘いココアの香りを残して、ドアの隙間から吹き抜けた。
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