第42話「残った砂糖」
午後三時。
喫茶リセットの窓辺に、やわらかな光が落ちていた。
ドアを開けたのは、スーツ姿の若い男性だった。
ネクタイは少し緩み、肩に力が残っている。
「ブレンドを」
「砂糖とミルクは」
「……砂糖だけ、お願いします」
席に着いた彼は、スプーンでカップをかき混ぜた。
音はするのに、砂糖は溶けきらず、底に残っている。
「甘くならないですね」
ぽつりとこぼす。
「混ぜすぎると、
味が分からなくなることもあります」
「……仕事で」
彼はスプーンを止めた。
「結果を出せって言われて、
頑張って、考えて、動いてるつもりなのに」
砂糖の白が、底で揺れる。
「評価されないと、
全部無駄だったみたいで」
マスターは何も言わず、
静かにカウンターを拭いている。
「甘くするために入れたのに、
残るなら意味ないですよね」
「残るから、
分かることもあります」
「……?」
「最初から入っていたわけではない、と」
男性はカップを見つめ直す。
「頑張った証拠、
ですね」
スプーンを置き、
そのまま一口飲んだ。
「あ……」
「どうですか」
「苦いけど……
ちゃんと、コーヒーですね」
少し笑う。
「甘くならなくても、
飲める」
「今の味が、
今のあなたです」
カップの底には、
まだ少し砂糖が残っている。
「全部溶けなくて、いいのか」
「ええ。
次の一杯に、回しても」
男性は立ち上がり、
会計を済ませた。
帰り際、ふと振り返る。
「……残った分、
無駄じゃないですね」
「はい」
ドアが閉まり、
午後の光が戻る。
喫茶リセットでは、
溶けきらない想いも、
そのまま受け取られる。




