第4話:バースデーケーキのない誕生日
その日、店のドアを開けたのは、小さな男の子と、その祖母だった。
「おじさん、お誕生日のケーキ、ありますか?」
男の子はそう言って、ポケットからしわくちゃの500円玉を出した。
「今日は、ぼくの誕生日なんだ。でもケーキ屋さん、お休みで……」
祖母は困ったように笑った。
「ほら、あの子、両親が共働きで、今日は夜まで帰ってこないの。どうしてもケーキが欲しいって言うから、ここなら、って」
マスターは少しだけ考えてから、黙って奥へ引っ込んだ。
しばらくして運ばれてきたのは、小さなチョコレートパフェ。
上には、クリームで描かれた小さなロウソクと、「Happy Birthday」の文字。
「……これ、ケーキじゃないよ?」
男の子が言うと、マスターは少し微笑んで言った。
「これは“リセット特製・今日だけケーキ”。ケーキの代わりに、笑顔が乗ってるんです」
「笑顔……?」
「君の笑顔が一番のお祝いですよ」
男の子はパフェをひと口食べて、目を輝かせた。
「おいしい! お母さんとお父さんにも、食べさせたい!」
祖母はそっと目頭を押さえながら、マスターに礼を言った。
「……あの子、泣いたりもしなかったのに。今、やっと子どもらしい顔してる」
マスターはただ一言、「お誕生日、おめでとう」とだけ言った。
その言葉はきっと、その子の記憶にいつまでも残る――“ケーキじゃないけど、特別だった日”として。
---