表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶リセット 〜今日も、誰かの心をそっと整理します〜  作者: 蔭翁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/42

第36話「時計の止まった席」


 昼と夕方のあいだ。

 喫茶リセットには、時間がゆっくりと滞るような静けさがあった。


 壁に掛けられた古い振り子時計が、一定の間隔で音を刻んでいる。

 その音が、今日はなぜか一席分だけ届いていないように感じられた。


 扉のベルが鳴り、若い男性が入ってくる。

 スーツ姿だが、ネクタイは緩み、目の奥に疲れが滲んでいた。


「……空いてますか」


「どうぞ。お好きな席へ」


 男性が選んだのは、窓際の端の席。

 マスターの中で、ほんのわずかに気配が揺れた。

 ――そこは、長いあいだ誰も座らなかった席だった。


「コーヒーでよろしいですか」


「はい。……できれば、冷めにくいのを」


 運ばれてきたカップを前に、男性はしばらく手を伸ばさなかった。

 ただ、壁の時計をじっと見つめている。


「時間、気になりますか」


 マスターの問いに、男性は苦笑した。


「昔、この時間で止まってるんです」

「……と言いますと」


「十年前、この時間に、約束を破りました。

 友人と会う約束をしていたのに、仕事を優先して……

 その日の夜、事故で亡くなったんです」


 時計の針が、ちょうどその時刻を指していた。


「それ以来、この時間になると、何も進めなくなる。

 昇進しても、結婚しても……

 心だけ、ここに置いてきたままで」


 マスターは黙って、時計の振り子を一度だけ指で止めた。

 カチリ、と音が消える。


「……え?」


「今、止めました」

 そう言って、マスターはゆっくり振り子を戻す。

 再び、時計は動き出した。


「時間は、止まったままでも進んでも、どちらでもいいんです。

 大切なのは、“あなたがどこに立つか”ですから」


 男性は、ようやくカップを手に取った。

 ひと口飲み、深く息を吐く。


「……あいつ、怒ってますかね」


「もし怒っていたら、ここまで待たせないでしょう」


 男性の目に、かすかな光が戻る。


「……そうですね。

 あいつ、待つのが苦手だったのに」


 時計の音が、今度ははっきりと店内に響いていた。

 その席にも、確かに届いている。


 男性は立ち上がり、深く頭を下げた。


「……また、時間が止まりそうになったら、来てもいいですか」


「ええ。その席は、もう動いていますから」


 扉が閉まり、外の光が少し傾いていた。


 マスターは時計を見上げ、静かに呟く。


「止まっていたのは、時間じゃない。

 歩き出す許可を、誰かが待っていただけだ」


 今日もまた、「喫茶リセット」は

 置き去りにされた時間を、そっと動かしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ